制限された条件下で

 殿を買って出たシンは、ウンディーネと共に迫り来るモンスターを待っていた。周囲には砲撃音やリヴァイアサンの咆哮、激しく打ちつけ合う波の音から人々の叫び声まで、騒々しく入り混じる。


 その中で、ウンディーネの作り出した水の道に流れる音の変化を聞き取ろうと、耳を澄ませる。何かの群れが水流を切り裂くように泳ぎ進み、獲物を狙う獣のような研ぎ澄まされた唸り声を漏らしているのが聞こえ始めた。


 「もう一度言うけれど、貴方が私から離れたり瀕死の状態にされてしまうと、私はこの姿と能力を保てなくなるわ。当然、この水流も道も失われてしまう・・・。気をつけてね」


 「分かってる。今度は戦いに集中できるんだ。次こそしくじらないさ・・・!」


 流れる水の上で、ボードをその場に止めるように速度を調整し、来るべき時に備えるシン。手にした短剣に力が入る。呼吸を整え、登って来た水の道の先を見つめる。


 勇しく構える彼の前に訪れた変化は、水の中を泳いで進む水流の変化や、唸りを上げる獣の声といった比喩的なものではなく、もっとダイレクトに視覚へと映り込んで来た。


 シンのいる位置から、丁度リヴァイアサンの首で陰になって見えなかった水の道から、鮫のように鋭利な背ビレを突き出し、勢いよくその姿を現した。


 小型の龍のようなものから、魚人タイプのもの、そしてリヴァイアサンをそのまま小さくしたかのような、多種多様なモンスター達が、大名行列を率いてやって来たのだ。


 先頭を行くモンスター達がターゲットを捕捉し、牙を剥き出しにして飛びかかって来た。素早く短剣を複数本投げて牽制するも、モンスター達はお構い無し、その数を武器にした特攻を仕掛けてくる。


 間一髪のところでボードを僅かにズラし、突進を躱しつつすれ違い様に一体のモンスターの身体を別の短剣で切り裂く。悲鳴のような声を上げながら水の道に着水し、もがきながら沈んでいくと、道を貫通し海へと落下していった。


 しかし、シンが避けたことで数体のモンスターが彼を無視しながら先へと向かって行く。例えシンが標的になろうとも、全てのモンスターが彼を狙っている訳ではなさそうだ。


 「コイツらッ・・・!狙う相手を分担してやがるのかッ!?」


 「私の魔力を帯びた水から反応を探っているのかもしれないわ。水中で生息してる彼らには、水中に伝わる何かを感知する能力が備わっているものよ」


 思っていた以上に賢く攻めてくるモンスター達に苦戦を強いられるシン。先を行くハオランの為にも、少しでも多くの追手をここで食い止めなければならない。


 そういった焦りが、彼に無茶な行動を取らせてしまう。モンスター達が近づく前の段階での投擲数を増やし、飛びかかろうとする前に撃墜する作戦に切り替え、それでも撃ち漏らしたモンスターには、無意識の内に自らボードを動かし身体を張って壁になろうとする行動が目立ち始める。


 ある程度強引ではあるものの、勢いをつけたシンの体当たりで軌道をズラされたモンスターの中には、それで水の道を外れて海へと落下していく者達もいた。


 だが一度バランスを崩すと、通り過ぎたはずのモンスターがここぞとばかりに進路を変えて、シンの背後から攻撃を仕掛けようとしていた。


 「後ろッ!奴ら戻って来てるわ!」


 「ッ・・・!?」


 この状況で背後までカバーするのは、一人では到底不可能だった。ウンディーネは水の道を作るのに魔力を使っているため、戦闘には参加出来ない。その代わり彼の目となり、周囲の状況を伝えるアシストをしてくれてはいるが、それをどうにかするだけの能力を、シンは持ち合わせていなかった。


 広範囲攻撃を行えるクラスやスキルがあれば話は別だが、元々少数戦向きのクラスであるシンには、大勢の敵を一辺に相手にする戦闘は不向きだった。


 更に彼を苦しめたのが、光を透過する水上戦という要因が、彼の得意とする影を用いたスキルを悉く封じてしまっているのだ。


 地上戦のようにくっきりとした影があれば、複数の敵を足止めする手段を彼は持っていた。ミアと初めて挑んだ強敵、メアのアンデッドの群れとの戦闘で見せた力だ。


 本来の戦闘スタイルを封じられ、真っ向勝負しか手段のないシンにはかなり厳しい状況であった。それでもここで撤退する訳にはいかない。


 モンスターの群れに集られ、猛攻を受けつつも辛うじて凌いではいるものの、疲労とダメージが蓄積され、徐々に動きが鈍くなるつつある。避けられるはずの攻撃を受け、当たるはずの攻撃が空を切る。


 そして、弱まる彼を先に仕留めてしまおうと、モンスター達が一斉攻撃に出る。


 すると、避けきれず身を張って耐える覚悟をしていたシンに、突如海面から無数の岩石が砲弾のように放たれる。

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