起死回生の策

 巨大な砲身に集まる電力が、まるで水のように流れ込む。光が強くなるにつれ、甲板が夏の日差しに照らされるかのように暑くなる。ジリジリと肌を焼く熱に大粒の汗を流しながら、船員達が必死に作業をしている。


 「レールガンッ!間も無く準備完了ですッ!」


 甲板から船内へ連絡が入る。中から様子を伺っていた参謀のアルマンが、モニターを見ながらエイヴリーと話していた。戦況は彼らも分かっていた。このままレールガンに頼り切りの戦闘では、何れ外で戦う仲間達が力尽きてしまう。


 「ん~・・・。戦況は思しくないようで・・・。ここらで致命打になる一撃をお見舞いして、士気も高めたいところでもある・・・」


 「致命打か・・・。だが、ど頭に打ち込んでも死なん奴だ。一体どこを狙う?」


 アルマンは手を顎へと持っていき、暫くの間考えると、マクシムやロイクらが飲み込まれた時の事を例に出し、リヴァイアサンに強烈な一撃を入れられる可能性がある箇所を、エイヴリーに提案する。


 「あの怪物の外皮は、風穴を開けようとすぐに再生してしまう。頭部は更に守りが堅く、皆が必死の思いで装填している弾を無駄にするリスクを伴う。先ほども狙っては見たものの、当てることは出来なかった・・・。だが、やはり一発逆転を狙わなければならない今、狙うべきは頭部。しかも、口の内側を狙い、そのまま眉間あたりを貫く必要がある・・・」


 彼の注文は、聞いているだけ絵空事のように聞こえる。レールガンで口の中を狙い、その上頭部を貫くような精密射撃など、出来るはずがないからだ。


 エイヴリーが異国の知識で得たこのレールガンは、言わば高火力の一撃を噴き出すようなもの。スナイパーの一撃のように、的確に狙った箇所を撃ち抜くような真似は出来ない。


 それに、何よりも射角が足りないのだ。高度な位置にあるリヴァイアサンの眉間を撃ち抜くなど、例え技術があろうと物理的に不可能なのだ。


 ならば何故アルマンは、そんな無謀な事を言い出したのか。彼は決して夢幻のような空虚な策を提案するほど、笑いの取れる男ではない。つまり彼には、何かその絵空事のような計画を実行する為の策があるということだ。


 「だが、どうやって狙う気だ?あれじゃぁ、奴のど頭なんて距離的に狙えたもんじゃぁねぇ。かと言って、射角の取れる位置にまで後退することも出来ねぇ。と、いうより時間がねぇ。そんなことをしていればアイツらがやられちまう・・・」


 「安心してくれ、そんな真似はしないさ。この場にあの女・・・、シャーロットが来てくれたことが、何よりも運が良かった。レールガンの一撃を、あの怪物の口に打ち込むのには、シャーロットとリーズ。この二人の能力が必要不可欠・・・」


 アルマンが口にした二人の名。シャーロットは氷の女王と呼ばれる、氷魔法に特化した魔導士で、スカルプターというクラスを併用している。彼女の能力があれば、魔法などを跳ね返す巨大な鏡を作り出すことも可能だろう。


 ただ、それでリヴァイアサンのブレスを跳ね返すことは出来ないようだ。そもそも出来るなら初めからやっているだろう。それに氷はそこまで分厚く作れない。レールガンの一撃を別の角度へ反射させられる程の強度もない。


 リーズはエイヴリーのところの幹部であり、特殊な二つのクラスを有している。今は前線でレールガンの準備が整うまで、マクシムやロイクらと共に時間稼ぎをしている最中だ。


 とても万全の状態であるとは言えない。それどころか、どこまで余力を残しているのかさえ、アルマンもエイヴリーも知るところではない。そんな博打を計画に組み込もうというのだろうか。


 アルマンがそのまま計画の内容を説明すると、エイヴリーは彼の策に船団の命運を賭け、すぐにシャーロットとリーズの戦力の確認をする。エイヴリーからの伝達を受けたリーズは、すぐに近くの船へと戻り、余力の報告と計画の手順について説明を受ける。


 シャーロットはマクシムと共に船に戻ると、彼女だけをエイヴリーの船に下ろし、彼はすぐに戦線へと戻っていった。船員の者に案内され、リーズと同じくどれだけ魔力が残っているか、そして計画の説明を受ける。


 初め彼女は、あまりにも無謀に思えるその計画に反対した。そもそも彼女は、エイヴリー海賊団の手の内を把握しておらず、無条件で信用できるほどの信頼関係もない。


 何よりも、通信機越しに聞こえてくるシャーロットの声からは、疲労の色が伺えた。果たして、計画を実行できるほどの余力が残っているのだろうか。出来る限り万全の状態に近づけようと、アルマンはシャーロットを保護し、部下に彼女の回復に努めるよう指示を出す。


 計画の為に着々と準備が進められていく一方、前線の負担はより一層過酷なものとなってしまった。特にシャーロットの抜けた穴は大きく、触手のように動く水の柱に苦戦を強いられるマクシムやロイクの竜騎士隊。


 リヴァイアサンの咆哮に怯まされるドラゴン達。ブレスの脅威から仲間を守るため、マクシムの援護をする竜騎士隊は、次々に水の触手によって海へと引き摺り落とされていく。


 いつ計画が実行されるかも分からぬまま、終わりの見えない攻防を繰り返す。しかし、ここで生き物としての格の違いが浮き彫りになる。どちらも消耗はしているものの、リヴァイアサンに比べ遥かに小さい生命体である人間やドラゴンの方が先に限界を迎え始める。


 ブレスの準備に入ったリヴァイアサンの前で、バランスを崩したマクシムが海へと落下してしまう。辛うじて鋼糸のワイヤーをリヴァイアサンの身体に絡め、海へ叩きつけられることだけは免れた。


 だがこれでは、リヴァイアサンのブレスを外らせることが出来ない。マクシムを助けようと竜騎士隊の者が接近を試みるも、水の触手に阻まれ近づくことすら許されない。


 大口を開けたリヴァイアサンが、レールガンの積まれたエイヴリーの船に狙いを定める。


 「マズイ!このままではッ・・・!」


 「私が何とかする!」


 「駄目だ!何の為にアンタを回復させてると思ってるんだ!?」


 「この船を破壊されても同じことであろう!?別の方法を探るしかあるまいッ・・・!」


 強力な光を集め、リヴァイアサンの大口からブレスが放たれようとしていた。


 すると、遠くの空から何やら灯りが近づいてくるのが見えた。そしてそれは、気づいた時にはリヴァイアサンのすぐ側にまで近づくほどの速度で駆け抜け、大口を開ける怪物の頭部を跳ね上げるように激突した。


 「何だあの光はッ・・・。炎の鳥か?」


 頭をかちあげられたリヴァイアサンのブレスは、天空の雲を切り裂くように両断しながら放たれた。その喉元で燃え盛る炎は、海水に触れようとその勢いを失うことはなかった。

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