二人の権力者

 町長の部屋から直ぐ隣の部屋にいる彼らは、町長の身近な人間や従者達の家族、親族の者達だろう。町で見た住人達とは少しだけ良い衣類を身につけている。


 海賊家業をする中で、略奪する際に金目の物を見つける技術が身に付いてきたデイヴィス。その見分け方や方法は、何も建物ばかりではない。国や町を行き交う人々の服装も重要だったりする。


 明らかに貧相な身なりをした者や、何度も繰り返しきているような生地のもつれなどを見ることによって、その人物の生活や資産などの状況が把握できる、所謂“目利き“のようなことが出来る様になっていた。


 「匿うのは関係者ばかりか?町を動かす労働者達はどうなってもいいと?」


 「勘違いするな。手に負える人数には制限があると言うだけだ。そして誰しも、救える命の優先度は決まっている、違うか?」


 「ふん、ちげぇねぇ。人間らしいエゴが剥き出しになった潔さだ。俺も同じ立場ならそうするだろうな」


 立場があろうがなかろうが、二種類の命が天秤にかけられた時、人はより重い命を尊重し救うのが性だろう。それは家族や恋人、親族や知人など、どんなに小さな関わりであろうが、それらの繋がりのない者を優先する人などいるだろうか。


 自由を求めて海へと乗り出したデイヴィスもまた、その人間の性に従い、やりたいように人生の航路を進んで来た。仲間との繋がりを重要視する彼なら、目の前の町長の決断が英断であると判断するだろう。


 「さて。俺は何もアンタらを咎めに来た訳じゃねぇ。この町がどうなろうと知ったことじゃねぇからな」


 「それなら何ようで来た?渡せる物など・・・」


 「いらねぇよ。病気になるかもしれねぇような物なんて、誰が欲しがるかよ。ここへは話を聞きにきたんだ。俺の仲間が、アンタらと同じ病にかかって困ってる。何でも良いから知ってる事を話せ。じゃなけりゃ、今すぐ楽にしてやってもいいが・・・」


 人だけでなく、建物や道具、食べ物から飲み物まで浸食する病。発生源や感染源が特定出来ていない以上、そんな物を船に積み込んだところで、あの世へ渡る船に変わるだけ。必要なのは病を治す薬なのだから。


 「病については本当に何も知らないんだ!今、貿易相手の国や町に書簡を送り、返事を待っているところだ。もう我々ではどうにも出来ない事態になっている。助けが来るまで、少しでも長く病の進行を遅らせることしか出来ない」


 「それで?返事は来たのか?それに書簡とやらはいつ出したんだ・・・?」


 「最初に病の患者が現れ、診療所のスミス医師に見せて何の手立てもないと言われた頃だ。もうその頃には既に数人の感染者が出始めていた。広まるのはあっという間で、書簡を各所に送る頃には錆で動けなくなる症状が現れていた。返事は見ての通りさ・・・」


 対応としては遅くない決断だったのだろう。町唯一の医者が、治療法がないと判断するやいなや、直ぐに他の国や町に助けを求めたことから、町長の行動力や本当に町の人間を救おうという意思があったことが伺える。


 書簡にどこまでの事を書いたのかは分からないが、ただの救援要請であるのなら、医者の一人や二人が来ていてもおかしくない。恐らく病の詳細について包み隠さず記載してしまったのだろう。


 正直さは時として、人の善意を曇らせることにもなり得るということを、町の長であるのなら知っておくべきだっただろう。


 「なら助けは望めないな。どちらが行こうが来ようが、もう外の者達はアンタらに関わろうとしないだろうな。下手に町を抜け出し、病の症状を見られれば国や町に入る前に殺されかねないな」


 「ならどうするのが正解だったと!?偽りの書簡で貿易相手を騙せとでも?そんな事をすれば、今よりももっと酷いことになっていたに違いない!」


 町長の言う通り、もしも騙して救援を呼んだとなれば、町ごと地図から消されていてもおかしくない。未知なる病を世に放ち、大勢の命を奪った悪魔として不名誉な名で歴史に名を残していたやもしれない。


 「何か他に病のことについて、心当たりはないのか?」


 「スミス医師が薬を渡さないからこんなに被害が広がったんだ!奴は本当はもう、病の薬を完成させているんじゃないか?それを私達への復讐の当て付けにしているのだろう。とても許されることではない!それにお前もだ!スミス医師を殺したと言っていたが、あれは嘘だろう?」


 「何だ、気づいていたのか?そうさ、スミスは生きてる。アンタらと同じ症状で踏みとどまってるよ。動けねぇ訳じゃねぇが、身体は重そうだったな」


 貿易のやり取りで町の現状を察せられる者が、何も考えずに医師のスミスを殺す筈がないと読まれていた。従者の者は騙されたが、この町長はそれくらいの頭は働くということだ。


 「さて、随分と自己紹介が遅れちまったが、俺はこの町に略奪しに来た海賊の、デイヴィスだ。仲間の病を治すのに協力すれば、アンタらも助けてやらんでもない。だから力をかせ」


 「随分な物言いだな・・・。私は町長のハンクだ。スミスに何を聞いたかは知らんが、病については奴の方が知っているだろう。私はすべきことをした。助けが来るか、事態に進展がない限りはここから出るつもりはない!」


 「そういえば漁師の奴らも、それなりに権力を持っているような話を聞いたが?」


 町の住人から聞いた話では、町長と漁師長はそれぞれ権力を持ち、病に対する何らかの働きかけを行なっているのだという。外部との貿易を主な仕事としていたハンク町長達は、他国に救援要請を出し、助けを待つばかりで、それまで動くつもりはないのだという。


 現に何をしようにも病が蔓延している町中で活動は出来ない。今更スミス医師に頭を下げ、感染を防ぐ薬を貰う気もなさそうだ。それに薬を手に入れたところで、使用できる人間も居ないように見える。


 「ダミアンのことか?奴は頼りにならん!それに信用も知性もない男だ。話を聞くだけ無駄だぞ。言葉よりも先に手が出るような奴だ。そのせいで何人も、奴の行動に巻き込まれ死者が出ている。今回の件だってそうだ!私が漸く繋いだ他国との貿易ラインを台無しにしてくれたおかげで、救援を求める相手を減らされたのだ。奴にも責任がある!」


 漁師達を束ねる長、ダミアンと呼ばれる人物に怒りを露わにしたハンク。どうやら他力本願の町長達とは違い、漁師長はかなりアグレッシブな人物らしい。だが、デイヴィス海賊団が問題なく港に停泊できた事を考えると、その人物もまた、病の影響を受けている可能性がある。


 「まぁ分かったよ、アンタらの言い分は。今度はその脳筋に話を聞かなきゃならねぇ。どこにいるか分かるか?」


 「港にあるセンスのない漁師小屋へ行ってみるといい。脳無しのデクの棒の顔が拝める。会話が成り立つかどうかも怪しいがな」


 ハンクの苛立ちをよそに、デイヴィスは部屋を後にし、隠し通路へ戻ろうとしたところで、何者かに呼び止められる。


 「待ってくれ!本当に病を治すのに協力したら、私達を助けてくれるのか!?」


 「ぁあ?何だアンタ。だから治ったらの話だ」


 「・・・ついて来てくれ。この町の書物庫に、何か役立つ物があるかもしれない・・・」


 ここまで来るのに後をつけた従者の者とは別の人物が、去ろうとするデイヴィスを引き留め、この建物にある書物庫へ案内すると言い出した。どうやらそこには、この町の歴史や土地勘の記された重要書物が保管されているのだという。


 歴史を知ったところで、今の病に何の関係があるのか分からない。だが、この建物と同じように、その土地にも隠された場所があるやもしれない。未知の病を克服する為にも、知り得る情報は全て知っておかなければならない。

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