募る不信感

 閑散とした港町へ再び戻って来ると、病が発症した者を診療所へ運ぶ船員とすれ違う。だがこれ以上町にいるのは危険だと判断したデイヴィスは、感染していない船員を集め、診療所のスミスから受け取った防錆効果のある薬を分け与える。


 薬を飲んだ者達が代わりに感染者の運び込みを行い、残りの者達は診療所へと向かった。感染者を運び終わった後は、船に積んである必要な物資を診療所まで運んでおくように指示し、デイヴィスはそのまま町の建物を虱潰しに訪れる。


 「おい!誰かいねぇか?」


 すると、奥の方で疲れ切ったような女性の声が聞こえてきた。声はするものの姿を見せない住人。スミスは町の病の進行はだいぶ進んでいると言っていた。要するに、今聞こえてきた女性の声の主は、歩けなくなるような位置に症状が現れたか、或いは既に錆が全身に回ってしまっている重傷者であると言うことだろう。


 全く躊躇することなく、土足で上がり込んでいくデイヴィスは、声のした方へ向かい、具合の悪そうな女性を発見する。ベッドに寝たきりの状態で横たわる女性の顔は、錆に侵食され辛うじて話せているような状態だった。


 「悪りぃな、勝手に上がらせてもらったぜ」


 顔を少しだけデイヴィスの方へ向け、視線が頭から足先へとゆっくり下がっていき、再び顔へと戻ってくる。デイヴィスの風貌を見て、直ぐに彼が海賊であるのを悟る女性。


 しかし、相手が誰であろうと関係ない。既に身体は自由を失い、家を荒らされるも命を絶たれるも成すがまま。抵抗する気力すら持ち合わせていないほど、疲労困憊しているようだった。


 「アンタ・・・アタシを殺してくれるのかい・・・?」


 意外な言葉ではなかった。こんな状態になってしまっては、いずれ呼吸器官が錆て苦しみの中で死んでいく未来しかない。それならば一層のこと楽にしてもらった方が、幾分かましだと言うもの。


 「残念だがここには違う理由で来た。話の出来る人間がすくねぇと聞いてる。喋れなくなっちまう前に、病や町のことで気になったことがあれば教えろ。病の原因を掴めたのなら、助けてやらんでもない」


 「気になってること?そりゃぁ町医者のスミスって奴のことさ。なんだってこんな病気を流行らせやがったのか・・・。アイツが原因だとしか考えられないね。アイツは、薬を持っていながらそれを渡しやしない。治られちゃ困るのさ、きっと・・・」


 診療所で聞いた話の通りだった。町の者は診療所のスミスを、病気をばら撒いた張本人だと思っているらしい。だがそれは間違いで、彼の作った薬は決して病を治すためのものではなく、あくまで感染予防にしかならないのだ。


 「それは間違いだ。アイツの薬は感染予防の為のものであって、治療の為のものではない。要するにお前達が服用したところで、無駄だから渡さなかっただけなんだろうよ」


 「どうだかね・・・。医者ってもんはどうにも信用できないね。アタシらの知らない方法で病気や怪我を治しちまうが、結局のところアタシらには、その薬が何でできてるかなんてわからないんだ。毒でもなんでも混ぜることだって出来るんじゃないかい?」


 どうやら彼女は、診療所のスミスに疑いを持っているようだ。だが彼女の言い分も分からなくはない。確かに、然るべきところで調べれば、彼らが薬として処方しているものを知ることはできる。


 だが、大きな国の書物庫でもないかぎり、一般の国民や町の者達がそれを知る機会などない。彼女の言うように薬に何かを混ぜ込み飲ませることで、町で感染者を出し拡散させることもできる。


 「何でそんなにアイツを毛嫌いしてるんだ?アンタらは・・・」


 「前にも同じようなことがあったのさ。病気が町中に広まって死者も出てた。そんな時アイツは、町から離れたんだ。病で人が死んでいる中でよ?信じられる?」


 まるで怒りを吐き出すかのように、デイヴィスに思いの丈をぶつけてくる女性。どうやらスミスは、町が危機的状況に陥った時に、姿を晦ましたようだった。


 「町のほとんどが病に犯された頃にひょっこり戻ってきて、それからアイツの診察で徐々に回復していったけど・・・。面倒を見てくれた町を蔑ろにしてまで離れる理由って何?もう少しでこの町は崩壊しかけたんだから。それからよ。アイツに不信感を持つ人達が増えたのは・・・」


 彼が町の人達にどんな説明をしたのかは分からない。だがその一件でスミスは、町の住人達に不信感を与えてしまったようだ。彼女らがスミスを疑う理由は、前科からくる不信感だ。


 「なるほど。町の連中はスミスに不信感を持ってるって訳か。他には?何か気になることはねぇか?」


 「そうね・・・。今、再び町の危機を迎えて、町長や漁師長はどうしているかしらね?何か対策を考えてくれてるのかしら・・・」


 ここで有力な情報を持っていそうな者達の存在が明らかになる。町の長であれば、住人達が知らない何かを知っているかもしれない。それに、漁にでる者達であれば外からの知識を身につけることも可能だ。


 「町長とやらはどこにいる?」


 「この家を出て、町の中心へ向かうと見えてくる大きな建物がそうよ。私達のお金で建てた豪勢な建物にいるはず」


 「分かった、ありがとよ。もし治療の目処が立ったら治してやるよ」


 「期待しないで待ってるよ・・・」


 皮肉を込めて女性はデイヴィスを送り出す。彼女の話に出ていた通り、デイヴィスは彼女の家を出ると、そのまま言われた通り、町の中心部で豪勢な建物を探す。

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