業火に焼かれる悪魔

 男を逃すための救助船が近づいて来て、まだそれほど時が経っていない。だが到着は間も無くだ。三人にはあまりのんびりしている時間はない。ここでなんとしてウォルターを逃す訳にはいかない。


 アンスティスは、己の手元から解き放ってしまった怪物に、罪を償わせるために。ロバーツは親友のデイヴィスの仇のために。ただ爆撃を防ぎ、守りに徹するのはもう終わりにしなければならない。


 彼らに残された時間は少ない。アンスティスはウォルターの不可視の爆弾対策の為、その所作を見られぬよう物陰に隠れた時に薬品をばら撒き、ゆっくりと船の浸食を維持する。


 ロバーツの攻撃が成立するように、ウォルターの側には近付かず薬品も撒かない。ただ、風向きだけはどうにもならない。気化した薬品が風に流され、ウォルターの方へ行ってしまうと、爆弾蜘蛛の起爆に支障が出てしまうようで、確実に攻撃を当てることは難しい。


 ロバーツも同じく物陰でその手の内を明かさぬよう、不発する爆弾蜘蛛を捕らえては、飼い主である術者の元へと送り返し、起爆を狙う。だがアンスティスと違うところは、徐々に前へと進軍していることだ。


 それと言うのも、ロバーツは自身の能力を爆弾蜘蛛にではなく、ウォルター本人に直接叩き込もうと目論んでいるからだ。このまま敵の道具を利用していてもキリがない。恐らくウォルターも、何らかの異変には気がついている。


 そしてその原因がロバーツであることも。それを証明するかのように、ウォルターの周りには、元の場所へと戻ることが叶わなかった爆弾蜘蛛の残骸が、床に串刺しになっている。


 飼い主の手によって息の根を止められた残骸は、アンスティスの薬品が気化した範囲を抜けると、時間差で起爆していく地雷のようになっていた。それも決して無駄なことではない。起爆の条件こそ、まだ理解していないウォルターは、串刺しにされた小さな悪魔の元には近付かない。


 つまり、ウォルターの行動を制限する役割を担っているのだ。これをうまく利用すれば男を追い詰めることが出来るかもしれない。しかしそれはロバーツも同じ。薬品の気化は肉眼では確認できない。


 ウォルターに気づかれぬよう、匂いもしない。いつ爆発するかも分からない地雷が散らばる道を、仇を討ちたいのであらばロバーツは歩まねばならない。危険を冒さずして、望みは叶えられない。


 遠目に見える、指示していない筈の動きを見せるフィリップス海賊団の船団。あれがロバーツ達のいる船に近づいた時、この戦いは終わる。まるでタイムリミットまでの時間を刻む砂時計のように、そのシルエットは大きくなっていく。


 「時間がない、覚悟を決めなければ・・・。デイヴィス・・・もう少しだけ待っててくれ。今、いくから・・・」


 彼の決意の眼差しから、“今いく“と言う言葉がどちらの意味で発せられたものなのかは分からない。だが覚悟は決まったようだ。息を大きく吸い呼吸を整えると、目を引く爆発の瞬間に合わせロバーツは物陰から走り出し、一気にウォルターとの距離を縮める。


 「やはり最後はお前かぁ!?ロバーツッ!いいぜ、来いよッ!ここで後腐れのねぇようにお前らとの因果を断ち切ってやるッ!」


 ロバーツの決死の覚悟を受け止めんと、攻撃の手数を増やしロバーツへの爆撃が苛烈さを増す。身を隠していた遮蔽物は吹き飛び、飛散した瓦礫がロバーツやアンスティスらを襲う。


 「おいおいおいッ!船ごと消し飛ばす気かよッ!?ロバーツの奴は大丈夫か!?」


 「このまま防御に徹していれば、生き残ることは可能だ・・・。だがそれではウォルターを逃してしまう。奴は狡猾な男。一度我々の包囲網を抜け出せば、恐らく二度と顔を出さなくなってしまう。痕跡も徹底して消しさる。それだけは・・・それだけは何としても避けたいッ・・・!」


 だが、アンスティスにウォルターを攻め抑えるほどの力はない。一人走り出してしまった彼だったが、後を追って来る者がいたのは幸運だった。一人でウォルターと戦っていたら、きっとここまでの戦いにはならなかっただろう。


 ウォルターへの想いを煮えたぎらせながら向かうロバーツを、爆発をさせない薬品の入った小瓶を投げて援護するアンスティス。依然、ウォルターの弱体化の要となるアンスティスを守りながら、ロバーツに足場を提供するダラーヒム。


 遠距離の錬金術で船の甲板に足場を作り、ウォルターへの道を開拓する。爆煙の中を態勢を低くして移動し、足場を駆け上がるロバーツ。そして煙の中から姿を現したロバーツは、その手に分銅鎖を携えウォルターへ向けて投げ放つ。


 避けようとしたウォルターだったが、何故か足が思い通りに動かず、足裏が床からなかなか離れない。下を見るとそこには、見覚えのある小瓶の破片と謎の液体に満たされていたのだ。


 「なッ・・・!?いつの間に!!」


 自身の爆撃の音とその煙で、見通しの悪くなった戦場。その中で動き回る三人の行動を把握し切るのは、いくらこのような状況の中での戦闘に慣れているウォルターであっても不可能。その為の不可視の爆弾蜘蛛だったのだが、それもアンスティスによって封じられ、ロバーツによって突き返されてしまう。


 鎖がウォルターの片腕に巻き付き、自由を奪う。分銅鎖の反対端についたクナイのような刃物で、ウォルターを突き刺さんと飛びかかるロバーツ。


 謎の液体で自由を奪われた足を救出するように、火力を抑えた爆弾で床を焼き払うウォルター。しかしその液体は、爆弾の爆発で引火し、炎を巻き上げた。


 「ぅおおおぁぁぁッ・・・!」


 中途半端な火力では、液体の魔の手から逃れることはできない。ウォルターは代償を覚悟し、炎の中に更なる火を焚べる。


 燃え広がる足元の中、ついに足が床から解放された。しかし、その時には既にロバーツはウォルターのすぐ前まで飛んで来ていた。ロバーツの刃を握る腕を掴み、突き刺しを受け止めるウォルター。


 そのままウォルターは、ロバーツに押し倒されるように床に倒れる。背中を焼くように燃える業火。悲痛な呻き声をあげながらも、決してロバーツの手を離さない。


 犯した罪に対する罰をその背中に受けながら、悲痛に歪むその表情がロバーツの前で不敵な笑みへと変わる。この後に及んでまだ、この窮地を切り抜ける策があるのか。それとも死せる前のただの強がりなのか。


 「捕らえたのはッ・・・お前じゃねぇッ!俺の方だッ!」


 「何・・・!?」


 「この距離なら避けられねぇだろッ・・・!」


 そう言うとウォルターは、鎖で自由を奪われた腕でロバーツの首を掴む。その力は、僅かに爪が食い込むほどのものだったが、ウォルターにとってはそれだけで十分だった。


 首には、強力な攻撃でなくとも致命傷になり得る弱点が存在する。そしてウォルターは触れているものであれば、その内部に爆弾を作ることもできる。つまり、ロバーツの首に爆弾を作り出し、首を破裂させようとしていたのだ。


 その事実を察したロバーツは、一瞬表情を変えるも、それよりも先に刃をウォルターに突き刺さんと全身の力を振り絞り、刃物を押し込む。業火を背負う悪魔の腕がロバーツの首を捉え、遂にその手のひらから火花が上がる。

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