絆は鎖に・・・


 デイヴィスの決死の呪いを受け、本来の力を使えないキング。計画が白紙になり、最早敵対関係ではなくなった、ロバーツらデイヴィスの意図を汲む側の海賊達は、急遽そんなキングを敵対者から守る立場へと転身する。


 「だからと言って、デイヴィスを殺させる訳にはいかねぇぞ」


 「そこは心配要らないのよぉ〜ん。だんだん呪いが弱くなってきてる・・・。これなら自力で何とかできるかもしれんから」


 本来、そのような呪術ではない。だがキング程の熟練者であれば、或いはそれも可能なのかもしれない。実際、呪いにかかっている本人がそう言うのだ。今は彼の言葉を信じ、デイヴィスを殺すことなくこの場を切り抜けるしかない。


 「キング、一つ聞いていいだろうか?」


 依然計画を強行しようとする、政府に飼われる海賊達の手からキングのところに居た若い船員を連れ出し、シンプソンとキングの元へ連れて来たアシュトンが、この計画にあたってある疑問を彼に投げかける。


 「何だぁ〜い?」


 「アンタは襲撃された時、それほど驚いていないように見えた・・・。アンタは我々が襲撃に来ることを知っていたのか?」


 そんな態度を見せたつもりはなかった、しかし、それを嗅ぎ取ったアシュトンの鋭さに、キングは僅かに表情を変えた。だがすぐにいつもの飄々とした表情と態度に戻り、アシュトンの疑問に答える。


 「デイヴィスちゃんが俺のこと探ってるのには気づいてたよ。それによからぬ企てをロバーツちゃんが立てているのもねぇ。俺ちゃんが驚いたのは、ウォルターの裏切りよぉ・・・。よくここまで隠し通したなと、感心しちゃう程にね」


 負の感情というものは、どうしても表に出やすいものだ。怒りや憎しみ、悲しみや哀愁というものは、心のある人間にとって完全に消し去れるものではない。


 きっとこの人はあの人のこと嫌いなんだろう。この人はあの人と話している時、楽しそうなど。ちょっとした所作の中に、その人の感情や内にあるものが垣間見えるもの。


 裏切りやスパイ行為を常日頃から警戒しなければならないキングが、ウォルターの謀反の気配を読み取れなかった。彼の過去や経歴を調べても、そのようなものを匂わせる出来事がなかったのだ。


 親友の喪失後、ウォルターは感情のコントロールに徹底していたのだろう。多少の傷心する姿こそ見せるも、決してデイヴィスへの恨みを表に漏らすことはなかった。


 そんなこと、到底普通の人間には出来るものではない。親友を見殺しにした仇を目の前に、ウォルターはその後もデイヴィス海賊団の為に尽くし、信頼を得ているアンスティスの部隊に拾われることになり、そこで腹心と呼ばれるまで献身的に尽くして来た。


 大事な人、大切な人を目の前で殺した人間に対し、取り入るように献身的に尽くすなど、とても尋常とは思えない。それだけウォルターの中では、デイヴィスへの恨みや怒りが強かったのだろう。


 他の何を犠牲にしても、プライドを捨て何度踏み潰されようと、心に誓ったたった一つの目標を果たせれば、それでよかった。正しくキングを狙っていたデイヴィスと全く同じ。


 彼らの違いは、その目標までの道のりに火を灯して来たかどうかだろう。同じ地獄へ向かう道程でも、デイヴィスは灯籠に火の灯った照らさせる道を行き、方やウォルターは自身の姿すら見えないほど明かりも届かぬ、深淵の闇に染まる道なき道に、ただ足を進めて行くのみ。


 更にデイヴィスには、獄門の前で人の道へと戻るかどうかの選択肢が用意されていた。それは真実という、自分自身やこれまで手を差し伸べてくれた仲間達の元へ帰るためのチケットだった。


 ウォルターにはそんな選択肢はなく、ただ開けれた門に吸い込まれるように身を任せるしかない。本人もそれを望んでいた。慈悲など、明かりなど必要ない。彼にとって他人など眼中にあらず、ただ利用する価値があるかどうかでしかなかったのだ。


 「ウォルターが・・・裏切った・・・?」


 甲板に鉄の転がる音が響く。キングらが音のする方へ視線を向けると、そこにはアンスティスがいた。誰よりも近くでウォルターを見てきたアンスティスは、彼がそんな思いを秘めていたなど全く感じることが出来なかった。


 自身の海賊団の中で、誰よりも彼を信頼し全てを任せられるほど信じていた部下に裏切られたアンスティスには、ウォルターがこの結末を招いたなど信じられなかった。


 「アンスティス・・・。正直俺は、お前の軍に不穏な影を感じていた。いや・・・弾かれたコインが表裏どちらの顔を見せるか分からないように、全く確信があった訳じゃない。だがそれはお前ではなく、ウォルターのことだったようだな・・・」


 アシュトンはアンスティスをあまり信用していなかった。それは彼の海賊団から良からぬ気配を感じていたからだった。シン達と戦場へ向かう途中で話していたのは、このことだったのだ。アンスティス海賊団に黒い影を落としていたのは、腹心ウォルター。


 「私が追わねば・・・。彼に全てを任せ好き勝手させていた私に責任がある。憎悪を野放しにした責務を果たさねばッ・・・!」


 そう言い残し、アンスティスは一人ウォルターが向かった方へ駆け抜けて行ってしまった。


 「アンスティスッ!よせ!奴はお前の手に余るッ!」


 静止の言葉も届かぬ程、アンスティスは今までに見たこともないような機敏な動きで船を駆け、飛び石のように何隻もの海賊船の間を飛び去っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る