死の間際

 デイヴィスは、ウォルターが求める反応をしなかった。命乞いや妹が死んでしまったことによる悲しみ、或いは怒りや憎しみで惨めにも抗おうとする姿が見たかった。


 苦しみの中で死んでいった親友への手向けとして。死者は語らない。故に残された者は、声のないメッセージを己の中に掲げ、それがあたかも死者の残した最期の願いのように、錯覚してしまうことがある。


 今、ウォルターがデイヴィスに対してしている仕打ちは、キングがもし妹を奴隷として売り飛ばし、既に死んでいたという結末を聞かされた時、全く同じような光景を再現しようとしていたのだから。


 しかし実際に知った真実は、デイヴィスの想定していたものとは全く違う結末だった。キングは妹を助け、保護していてくれた。奴隷として扱われる子供達を様々な方法で集め、自立できるまで色々なことを学習させてきた。


 何故そのようなことをしているのかは分からない。だが事実として、妹のレイチェルがここまで無事に生きてこれたのは、紛れもなくキングのおかげという真実のみ。


 殺そうと思っていた人間が、実は恩人であったことを知り、デイヴィスは酷く動揺した。単純なことでも深く考えてしまい、余計に思考回路は絡まるばかり。しかも、それを聞かされたのが、死に際のレイチェルからだったので、さらに感情は複雑になっていた。


 完全に戦闘どころではなくなってしまった無防備なところに、ウォルターの爆撃を受けてしまう。避けられるはずもなく、窮地を救ってくれたのは、妹と同様キングだった。彼の咄嗟の行動がなければ、身体のどこかが吹き飛んでいっても不思議ではなかった。


 「どうか・・・憎しみや恨みの囚われるな、ウォルター・・・。俺と同じ末路を辿ることになるぞ・・・?」


 「同じぃ・・・?しくじったアンタとは違う!」


 ウォルターはデイヴィスの苦痛に歪む顔を拝もうと挑発していたが、どうやらそれも時間切れのようだ。濃い煙幕に紛れていた二人だったが、徐々に晴れてきて薄らと外の景色が見え始める。


 すると、声を荒立てていたウォルター目がけて、円盤投げのように高速回転して飛んでくる剣の輝きがチラリと視界に映る。だが、剣がウォルターに近づくと何もないはずの空間で爆発が巻き起こり、剣を船の外へと弾き飛ばしたのだ。


 「チッ・・・!」


 「やってくれたな、ウォルター。俺の仲間に手を出すとは、大した度胸だなぁ・・・」


 声の主はキングだった。自身の船で好き勝手にやられて、大人しくしている男ではない。それも、彼の口調からどうやらウォルターは彼の逆鱗に触れてしまったようだ。


 そもそも、キングの船団の周りにはトゥーマーンによる水の結界があった筈。潜水艦で強行しようとも、その動きは彼女によって読まれてしまう。ロバーツらは、デイヴィスの合図で強行突破する予定だったが、一体どうやってウォルターはここまで潜り込んでこれたのか。


 キングの船を襲撃した渡鳥。それはウォルターのレヴェリーボマーによる能力で作り出した爆弾だった。彼はそれと同じ物を、別の上空へと飛ばしていた。そして彼が辿る航路にいる、トゥーマーンの船を襲撃したのだ。


 ただ、死者が出ないよう威力は弱めにした。それは余計なことでキングの恨みを買わないようにする為だった。あくまで結界の妨害が出来れば、それだけでよかった。ウォルターの目的は、デイヴィスの殺害だけだったのだから。


 「もう邪魔が入ったか。ピロートークはこれでお開きだ、デイヴィス。地獄で妹とよろしくやってなッ!」


 その場を立ち去ろうとするウォルターに、キングは例の能力を使おうと手を伸ばす。だが、彼は何かに気づき直ぐにその腕を引っ込めてしまった。


 「賢明な判断だったなぁ、キング。危うく大事な“商品“ごと吹き飛ぶところだったぜぇ?」


 「野郎ッ・・・やるじゃぁ〜ないの・・・」


 何故キングは攻撃を中断したのか。それは、ウォルターとキングの間に蜃気楼のような小さな空間の歪みが見えたからだった。ウォルターの能力で生み出せる爆弾は、目を凝らさなければ見つけることが出来ないほど、限りなく不可視に近いものもある。


 まだ爆発による煙幕が残る中、キングはその僅かな変化も見逃さなかったのだ。ウォルターはキングの能力についても、よく調べていた。故にあの状況で引き寄せる能力を使う場合、対象者であるウォルターだけに焦点を当てる筈だと読んでいた。


 二人の攻防を尻目に見ていたデイヴィス。もう長くないことを悟り、せめてロバーツ達へ合図を送ろうと、信号弾を込めた銃を取り出そうとした。


 その時。彼を含む全ての景色が、まるで時間が止まったかのように動かなくなる。死の間際とは、こういうものなのかと、デイヴィスにそれほど大きな驚きはなかった。


 そして、彼の視界に徐々に近づいて来る人影があった。水飛沫の一粒一粒までもが動きを止めた世界で、その人影だけが動いていた。彼の視界に映り込んだのは、黒いコートに身を包んだ人物だった。

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