生還を祝う祝砲

 蟒蛇の血液と体液でドロドロとなった姿でロイクや竜騎士隊の隊員、そしてヘラルトをエイヴリー海賊団へ招き入れてくれたマクシムが、内側の肉の壁と血と共に吹き出してきた。


 その中で唯一綺麗な状態で姿を現すシャーロット。おどろおどろしい血の付いた氷の膜を壊し、中から汚れ一つない彼女が髪を解しながらロイクのドラゴンに跨っていた。


 「ロイクさん!それにマクシムさんまで・・・!皆さん、ご無事なようで何よりです。本当に心配したんですよ・・・」


 外で待機していた隊員が彼らの元へ駆け寄るように集まる。命あることを喜び、強く抱き合おうとしたが、彼らの格好を見て思わず思いとどまる。っその様子を見て自身の姿を見直す隊員達。


 なるほど彼らが触れたくない筈だ。多少汚れている程度ならまだしも、よく見ないと誰が誰だか分からないくらいに、全身蟒蛇の体液と血でべっとりとしていたのだから。


 「無事な訳がなかろう!早う貴様らの本船へ連れていけッ!」


 「こッ・・・これは、シャーロット殿まで・・・。ご存命のようで・・・」


 なるべく丁寧な口調で対応しようとする隊員を捲し立てるシャーロット。そんな建前はいいから、早く休めるところへ案内しろとロイクの後ろで騒ぎ始めてしまった。


 ドロドロの顔を拭い、待機していた竜騎士隊の隊員に、一先ずエイヴリーへの報告と身体を洗いたい気持ちでいっぱいだったロイク。彼女が暴れ、ドラゴンが言うことを聞かなくなる前に羽ばたかせ、戦艦へと帰還していく。


 「船長ッ!狙いを定めていた巨大モンスターの体内から、ロイクさんの竜騎士隊が現れました!皆さん、無事なようです!」


 「そうか、俺が手を貸すまでもなかったようだな。予定通り砲撃は行うぞ!アイツらに当たらねぇようになぁッ!」


 レールガンの発射準備が整い、再度砲身に稲光が集中する。そして生還した彼らの到着を待たずして、その彼らが突き破ってきた蟒蛇の身体に狙いを定める。轟音と共に光が収束し、嵐の前の静けさがやって来た。


 「撃てぇぇぇッ!!」


 エイヴリーの声を合図に、充填されたエネルギーが蟒蛇へ向けて放たれる。雷光のように宙を駆け抜ける一閃。帰還中の彼らのすぐ横を、瞬きよりも早い雷撃が走り抜ける。


 明らかに遅れた反応で、外側へと避けるドラゴン達。しかし、エイヴリーの戦艦から放たれた砲撃の狙いは正確。一寸の狂いもなく蟒蛇の身体を貫き、彼らの突き破ってきた穴を拡張するように命中する。


 蟒蛇の身体はその衝撃に耐えきれず、左右二手にちぎれ飛んだ。身体を貫通した雷撃は、雲海にも綺麗に穴を開けた。そこから僅かに覗かせる光が、本来のこの海域の天候を想像させる。だが、すぐにその穴は海に空いた穴と同じように周りの雲を吸い込むようにして修復される。


 これも、天候をも操る蟒蛇の能力であろう。その巨体を泳がせる他に、取り除かれては困ることでもあるのだろうか。間一髪でレールガンの雷撃を避けた彼らは、その行く末を見届けるように後ろを振り返っていた。


 「ひゅ〜!流石は旦那の兵器だ。本家本元のレールガンと相違ない威力を見せつけてくれるぜぇ!」


 「やはりアレにはモデルがあったか・・・。あんな大魔道士の放つ強力な雷撃と見まごう程の一撃を、誰でも撃ててしまう兵器なぞどこで見つけて来たのだ?」


 エイヴリーのクラフト能力は、目にしたものを別の素材で作り出す強力な力を持っている。その素材はある程度であれば融通が効く上、本家の物よりも強度の高い素材を用いれば、より威力や速度を増すこともできる。


 彼がグラン・ヴァーグの街で、ウィリアムに船の増築改造を頼んでいたのはこの為だったのだ。世界を旅して周り、強力な素材を手に入れては船に積み込み、或いは船自体や武具に用いて形を変える。


 エイヴリー海賊団にとって、鉱物は積荷にはならないのだ。手に入る物はいくらでも手に入れ、形を変えて持ち歩き、必要な時に作り替える、圧倒的な物資量を誇っている。


 「人に聞いて確かめにいくのかい?お嬢・・・。自分の足で向かい、その目で見つけた時こそ本当の感動があると、俺は思うがね」


 「くだらない世迷言を申すな。なんと非効率なことを好むのだ、お前ら男と言う生き物は・・・」


 彼女の感性は、彼らとは違うのだろう。海賊だからといって全ての者が夢やロマンを追い求めて、海の世界へ旅立つ訳ではない。マクシムの言う通り初めて見るもの、聞くもの、触るものを目の前にした時の感動は少なからず、老若男女に関係なくあるものだろう。


 しかし、その大きさも感じ方も人それぞれで、シャーロットにとっては取るに足らないものだったようだ。マクシムは上手い具合に話をはぶらかし、レールガンをどこで見たのかを語らなかった。


 彼らが蟒蛇の体内から生還していた頃、海上では遂にロバーツの船団とデイヴィス達一行の船団が合流していた。


 「デイヴィス達か、待ち侘びたぞ!だが見ての通りの状態だ・・・。レイドモンスターが例年とは比べ物にならない程強力で、とても計画を進める状況ではないぞ・・・」


 付近にまでやって来ていたツバキの船から、ロバーツの元へ通信が入り、デイヴィスとキング暗殺計画のことについて話し合っている。元々の予定ではここまで苦戦するものではなかった筈のレイド戦。


 もしも早く済んでしまった場合、先に到着する手筈となっていたロバーツ海賊団が、キングの船へ攻撃を仕掛ける。それを合図に政府の犬である海賊達が戦闘に加わり、時間を稼ぐように組まれていたのだが、この状況ではキングの

力は必要不可欠。


 ここで彼を暗殺出来たとしても、蟒蛇を倒すか撃退できなければ、そもそも生きては帰れないだろう。それでも、全ての力を総動員してこの結果だ。キング生存の有無に関わらず、ここを抜けられるのだろうか。


 それこそ、レース始まって以来の全滅という結果に終わっても不思議ではない空気が、海域にいる全ての者達の頭に過っていた。

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