無の感情

 「見ろッ!再生が間に合ったねぇ!これなら本当に・・・」


 「馬鹿野郎ッ!フラグを立てんじゃねぇ!だが、目に見える形で結果が出ているのは良い傾向だ。このまま全力を叩き込むぞ!後のことは考えるな!今は目の前の目標に全てを出し切るだけだ!」


 戦艦で確認した雷の正体。それは蟒蛇の魔法でもなければ、誰かの妨害でもない。不自然な動きに見えるが、これは紛れもない自然現象なのだ。そうとは知らず、前線部隊は全ての出来事がうまく運んでいると信じ、ありったけの力を今この時に注ぎ込む。


 だがそれでいいのだ。何が起こるか分からないことに用心することは、決して悪いことではない。しかし、それで歩みを止めてしまうのが最も良くないことだ。不安や心配に思う気持ちは誰もが同じ。先を想像し予測することで、想定し得るカードを手元に増やしておくことが重要なのだ。


 彼等全員がそこまで深く考えていた訳ではない。だがこれまでの航海の経験が、その身に染み付いているのだろう。分かっていたことが起こり、心で文句を垂れることは簡単だ。だがそれでは自身の心に良くないものが残る。


 ならば、例えそれが実らない努力であっても行動に移すことで、未練や後腐れといったものが晴れ、平穏を保てる。


 「リーズッ!アンタの能力でもっと負荷をかけることは出来ねぇのか!?まだ出し惜しみしてんじゃぁないだろうな?」


 「それが復帰したての私にかける言葉なのか?ロイク!これ以上は無理だ。生物の再生能力には限りがある。インキュベータの能力でそれをいじっているだけに過ぎないんだ・・・。そもそもこいつに“底“なんてあるのか!?」


 人や動物など、あらゆる生物は細胞分裂により新たな細胞を作り出すことで生命を維持している。その回数には限りがあり、限界を迎えた時生物は命をこの世に留めて置けなくなってしまう。それはモンスター達も大方同じ仕組みと考えていいだろう。


 魔力を宿した生物であるだけで基本的な構造は変わらない。故にどんな生物であれ、その再生には限度があり、大型のモンスターであっても例外ではないはずなのだ。


 しかし、リーズにはこの蟒蛇が普通の生物ではないように思えてならない。身体の一部を老化させても尚、その再生能力が失われることはなく、速度こそ遅いものの身体の再生具合は、他の部位と大差がない。


 不穏な空気を感じつつも、竜騎士隊やリーズの眷族達が上空の雲海で戦っていると、微かに遠くから聞こえる、猛獣の唸り声のような低い轟音が聞こえてくるのに気がつく。


 彼等を襲う雷の音とは明らかに別物。一瞬の驚きではなく、不安を駆り立てるじわじわと迫り来るようなその音は、次第に無視できない音で彼等を包み込む。


 未知なる現象ばかりの戦場で新たなことが起こり出し、彼等の上がっていた士気は、活気を飲み込み不安や恐怖に支配されてしまっていた。


 「な・・・何だよ、この音・・・」


 「分からねぇ・・・。でも手を止めることは出来ねぇ!ここまでやってくれた仲間達の為にもよぉ!」


 押しつぶされそうになる見えないプレッシャーに負けじと、考えることをやめて只管に海上にいるエイヴリー達が開けてくれた風穴を閉じさせない為、攻撃を繰り返す。


 そして、そんな彼等の不安や恐怖は一瞬にして全くの無の感情へと変わる。大きく鳴り響く轟音。それは宛ら、地下に開通した鉄道に列車が速度を上げて近づいてくるような、危険信号を彼等の身体が発していた。


 視界の中で、一部の方向が暗くなり出すのに気がつく。雲海の中で戦っていた彼等には、ロロネーのもの程ではないが濃い霧がまとわりついていた。それが黒々と変わっていくように見えたのだ。


 しかし、それを感じたのは全員ではなかった。あくまで一部の船員達のみ。その暗雲の正体が姿を見せた時、彼等の戦意は消え失せ、ただ如何しようもない出来事に身を委ねるしかなくなっていた。


 低い轟音を響かせ雲海を黒々と変えて近づいて来たのは、大口を開けて雲ごと空間を飲み込んでしまいそうなほど、巨大なブラックホールに吸い寄せられてしまったような逃げ場のない絶望が、彼等の戦意諸共文字通り飲み込んでsしまった。


 「うッうわぁぁぁーーーッ!!」


 「ハ・・・ハハ、ハハハ・・・」


 「何をしている!?手を止めッ・・・」


 彼等の反応は様々な形で周囲の不安を煽った。迫る恐怖に絶叫する者。最早自分達の力では如何しようもない事態に、ただただ笑いが込み上げてくる者

。夢中で武器を振るい続け、それすら視界に入っていなかった者。否、入れないようにしていたのかもしれない。


 このレイド戦において、最も有効なダメージを与えられるであろう部位である、海上でもキングが探していた重要なファクターである蟒蛇の頭部が、雲海に群がるドラゴンに跨ったロイクの竜騎士隊とリーズの眷族達を、ごっそり飲み込んでいったのだった。

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