雷光翔る暗雲の地

 すっかり大人しくなってしまった彼に、かける言葉が見つからない。こういう時にどういう言葉をかければ励ませるか、元気付けられるか、友人と呼べる人間のいなかったシンにはそれが分からなかったのだ。


 「その・・・何だ・・・。命を賭けるのはアンタだけじゃない・・・。先のことを考えて不安になるのは、皆同じだ・・・」


 拙い言葉を絞り出し、不器用ながらもデイヴィスを元気付けようとするシン。彼の言葉にデイヴィスは顔を上げ、ポカンとした表情で見上げる。そしてシンが元気付けようと気遣っていることを悟ると、デイヴィスは慣れない事をするシンの姿に、込み上げる可笑しさを我慢する事が出来なかった。


 「ふふっ・・・何だそれは?励ましてるつもりか?」


 「うッ・・・うるさいッ!折角気を利かせてやろうとしたのにッ・・・」


 目を泳がせて隣に座るシン。自分の言葉に恥ずかしさを感じ、思わず体温が上がったように顔が熱くなる。そんな緊張感のかけらもない彼の姿に、デイヴィスの表情も和らぎ、いつもの余裕のある顔を覗かせた。


 「悪かったって。・・・でも、ありがとよ・・・。心配してくれて・・・」


 「計画のことが心配なのか?・・・それとも不安・・・?」


 「んー・・・。どうだろうな・・・。全部かも知れない。命を賭けることなんざ、今更恐いとも思わなかった。一人でいる時は、失うものなんて何もなかったからな・・・。妹も、今更生きていないだろうと思ってた・・・」


 失うものなんて何もない。少し前のシンも、同じ思いを抱いていた。現実の世界に戻ったところで、誰も自分の帰りなど待っていない。居なくなったところで、誰も困らないし心配もしないだろうと思っていた。


 それならば、自分の好きなゲームの世界で死んだ方がずっと良いと思っていた。それ故の無茶だったのかも知れない。死んでもまたどこからかリスタートされる。そんな楽観的な考えが、心の隅に消えず残っている。


 しかし、同じ境遇にあるミアやツクヨと出会い、行動を共にすることで、その命が惜しいという気持ちが芽生え始めていた。


 「だが、計画を企てていざそれを前にすると、もしかしたら妹はまだ何処かで生きているんじゃないかって・・・。そう思ったら、やっぱり真相を確かめるまでは死ねないし、死にたくないって思う・・・」


 生きているかも分からない人を思う気持ちは、ツクヨの目的に酷似している。彼もまた、生きているのか、そもそも存在しているのかすら怪しい妻子を、まるで夢でも見ているかのように探し求めている。


 現実世界で二人の遺体を見ておきながら、ツクヨはそれを受け止められないでいる。WoFの世界に送り込まれるという奇妙な体験をした彼は、二人がまだ何処かで生きていても可笑しくない。何なら、こちらの世界で生きているのではないかと信じて疑わない。デイヴィスも同じく、揺るがない真実を目の当たりにするまで、妹のことを諦められなくなっていた。


 「それなら俺にも分かる気がする。ミアやツクヨと会ってから、自分の命に重みを感じるようになったんだ。ツバキやアンタもそうだ。関わって行動を共にする内に、死にたくないし死んで欲しくないと思っている・・・」


 「命の重み・・・。そうか、俺の中にあるのもそれかも知れねぇな。久々に会ったアイツらの顔を見たら、また昔みてぇに馬鹿なことをして自由に生きてぇ何て、そんな夢見たいなことを思い描いちまう」


 「夢じゃないだろ?アンタを慕う奴はたくさんいる・・・。アンスティスだって言ってただろ?彼もアンタの帰りを待ってるんだ。呼び掛ければまたやり直せる」


 辛い時や苦しい時、人は夢を見て現実を忘れる。今の彼らはまさにそうだった。どうなるか分からない先のことに、心配と不安に押し潰されそうになる。だが、そんな気持ちでいれば、いざという時に迷いや焦りが生まれ、上手くいく筈のものも上手くいかなくなってしまう。


 デイヴィスが大人しくなっていたように、シンも不安や心配事を抱えていた。誰かと語らうことで少しでも意識のベクトルを変え、負の感情を紛らわせていた。しかし、時間は待ってはくれない。


 大海原を進む中、船の操縦をしていたツクヨから連絡が入る。それは聞いたシン達はすぐに立ち上がり、彼の言う言葉をその目で確認する。


 「前方に厚くて黒い雲が見える!私達の目的地である場所に向かう、進行方向上にある雲だ。・・・凄く大きい・・・、天候も荒れているようだけど・・・」


 彼の通信は船全体に行き渡り、その雲が覆う海域に何があるのかを知るデイヴィスやツバキの表情が、緊張と逃れられぬ壁を乗り越えんとする決意に引き締まる。眼前に映る光景と、デイヴィスのその表情から、そこが計画実行の戦地であるレイド戦が行われている場所であることを悟った。


 「ロロネーの時とは明らかに様子が違うな・・・」


 「うん・・・。あの時は奇妙で物静かな不気味さだったけど・・・。あれは間違いなく波乱を予感させる。デイヴィスの言っていた進路上にあるってことは・・・」


 「あぁ・・・。あそこがレイドの行われている戦地と見て、間違いないだろうな・・・」


 操縦するツクヨとミアは、ロロネーと遭遇した時の濃霧に覆われる海域のことを思い出していた。周囲一帯を覆い尽くす無音の濃霧による白銀の世界とは違い、黒い影に覆われまるで闇夜のようになる海域に、轟音を轟かせる雷の稲光が走る。


 いよいよ肉眼に捉えられる位置にまでやって来た一行。そしてその光景を見ていたのは、合流したデイヴィスの仲間達も同じ。依然変わりなく進むシン達の船に、シンプソンの船から通信が入る。


 「デイヴィス!アンタ達の船は俺達の後ろへつけ!先陣は俺達が行く。その後ろにアンスティスの船団を引き連れ、海中にアシュトンの潜水艇を潜ませる」


 シンプソンの通信に、急ぎ通信機を取るデイヴィス。


 「了解だ!俺達はアンスティスの船団に紛れるように進行する。アシュトンの部隊は海中から不測の事態に備えていてくれ!」


 デイヴィスの通信を受けたアシュトンの潜水艇から、了承の返事が返ってくる。彼らの存在は、何をする上でも強力なアドバンテージとなる。水中からの攻撃に対策をしていない限りは、その存在を探知されることはないだろう。


 厄介なのは、計画に関係のない他の海賊達だ。アシュトンと同じように水中を進むことの出来る手段を持っている者達からすれば、息を潜めレイド戦へ赴く彼らを怪しんで攻撃してきても可笑しくない。


 「アンスティス!頼んでいた薬は出来たか?」


 「あぁ・・・勿論だとも。後で合流した時に届けさせるよ」


 シン達を乗せた船は速力を落とし、シンプソンの船団が追い抜くのを待つ。そしてその後ろからやって来たアンスティスの船団に紛れ込み、デイヴィスが頼んでいた薬を無事に彼の元へ届けさせると、再び船にエンジンを掛ける。


 シンプソンの指示通りの隊列を組み、一行は嵐の中で行われているであろうレイド戦へ、そして計画を実行する戦地へと帆を進める。

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