他愛のない時間

 デイヴィスがシン達の船に、あの造船技師で有名なウィリアム・ダンピアの弟子が乗っている事をアシュトンに話すと、彼もまたシン達の船へとやって来た。初めは何とも言えない姿をしたアシュトンに、ミアやツクヨも警戒した。


 側から見れば明らかに怪しい格好だ。彼らのいた世界ならあり得ない光景だろう。それ故か、二人に比べてツバキは然程気にしている様子もなかった。


 「まぁた誰か連れて来たのかよ・・・」


 「驚いたな・・・。あのウィリアム・ダンピアが、このような童を弟子にしているとはな・・・」


 何処かで見たような光景だった。デイヴィスがツバキと話していた時のように、次はアシュトンが彼に話を求めていた。以前の時と同様、ツバキはアシュトンを煙たがったが、デイヴィスの時とは違い、アシュトンが身につけているスーツも特注品。


 ただ海の中で動くだけの物とは違い、魔力を伝達する特性のワイヤーや、水中での動きに合わせ姿を変える生地など、ツバキの技術者としての興味を唆る物を持っていた。質問を受け付ける代わりに、ツバキもまたアシュトンのスーツに使われている技術を身につけようと、見せてもらうという約束で話を始めた。


 船の操縦は引き続きツクヨが担当し、外の見張りはシンとミアが交互に行うことになった。交代の間二人は、船内での三人の様子を見ながらその会話に耳を傾けていた。技術の話や船のことは彼らには分からなかったが、好きなものについて語る時のツバキの目は輝いていた。


 シンとミアは、交代の際にそんな彼の様子について語っていた。好きなものについて話すということは、こんなにも嬉しそうに見えるものなのか。


 「アイツの顔、見たか?ウィリアムや船のことについて話す時、スッゲェ笑顔になってたな・・・」


 「あぁ。余程好きなんだろうな・・・。いやいや話始めていたけど、喋り出したら船のエンジンみたいにどんどん口数が増えて・・・」


 「何その例え。詩人気取り?」


 シンは自分の発言に恥ずかしくなり、体温が僅かに向上する。何気ない他愛のない日常会話。こちらの世界に来てからいろいろなことが立て続けにあり、こうしたコミュニケーションを取れずにいたシン達。


 当然、今もその最中ではあるのだが、乗り物に揺られ風にあたりながら陽の光を浴びていると、時間がゆっくりと進んでいるようで、心に僅かなゆとりを与えてくれているようだった。


 久々に笑った気がする。危険なことや暗いことばかりで、シン達の心は本人達の知らぬ間に擦り切れていたのだろう。たまには全てを忘れ、息抜きをすることが大切なのだと、無意識に彼らの意思は癒しを求めた。


 「キミも、好きなことについて話す時、あんな顔になるのかい?」


 不意なミアの質問に、シンはさっきのお返しとばかりに倒置法を用いた趣向で彼女に答える。


 「俺はあんな顔しないな・・・」


 急に声色の変わったシンの声に、ミアが思わず顔を向け表情を窺っている。何か触れてはいけないモノに触れてしまったのかと、ミアなりにシンを心配したのだろう。そして何故と言いたそうな表情をしている彼女に、その理由を答えた。


 「話す人がいないから」


 咄嗟に考えたブラックジョーク。彼女は心配して損したといった様子で息を吐くと、再び微笑ましい笑顔に戻る。軽く笑った後、ミアは空を飛ぶ鳥を遠い目で眺めながら、自身もきっとツバキのように目を輝かせて何かを語ることなどなかったと答えた。


 「私も同じ・・・。もう何年も、あんな無邪気で純粋な気持ちで笑ったことなんてないな・・・」


 「ミアも、友達が居なかったのか?」


 「・・・キミは少しデリカシーを持った方は良さそうだな。でもまぁ・・・外れじゃないよ・・・。自分で選んだ道の筈だったのにな・・・。道から溢れた自分の姿がみっともなくて、恥ずかしくて・・・。誰かにそんな自分の姿を知られるのが嫌で、昔の友人とは疎遠になったんだ・・・」


 彼女が現実世界での自分ことについて話すなど、初めてのことだった。そんな話を自ら話してくれるようになったということは、ミアも少しは心を開いてくれたということなのだろうか。


 だが、何処か他人事のようには思えなかった。シンもまた、人生という道から溢れ、そんな自分の姿を他人に見せるのが怖かったのだ。また弱みにつけ込まれ、孤立する未来など迎えたくはない。

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