決戦の舞台裏で
武器を握る手に力が入る。体力は限界に近づき、最早気力だけで身体を動かす。男達の振るう武器は、まるでまやかしを振り払うように黒い霧を切り裂いていく。
「ダメだッ!もう攻撃が当たらねぇよ!」
「構うなッ!いいから振り続けろ!消えてる間は向こうも攻撃出来ねぇんだ!」
戦いの勝敗を決める表舞台の裏で、船員達は亡霊と戦い続けていた。長きに渡る決戦で、シュユーの用意してくれたエンチャント武器はその魔力を失い、ただの鉄の塊と化していた。
それでも彼らに手を止めることは許されない。人ならざる者達に体力などという概念などなく、その無尽蔵のスタミナで彼らを襲い続ける。エンチャントや属性攻撃の手段を失った船員達には、ただ当たりもしない物理攻撃を振るい続け、亡霊の攻撃の手を止め時間を稼ぐことしか出来なかった。
限界を迎えた者達が船上に血を流して転がる。次は自分の番だというプレッシャーを感じながらも、ただ純粋に生きたいが故に武器を振るう。
亡霊の群れを次から次へと生み出し、チン・シー海賊団の船へと送り込んでくるゴーストシップ。濃霧のせいで遠近感すら狂わされる中で、大砲も通じない海賊船を相手にすることなど出来ない。
根元を絶やさねば亡霊は増える一方。出来ることが限られ、限界が近づく彼らにとってそれは、希望への扉が遠退いていくようなものだった。
「もう・・・限界だ・・・。これ以上、腕が上がらねぇよ・・・」
力の入らない指が武器を手放してしまう。戦う手段を失った一人の船員が、悲鳴を上げながら亡霊の群れから逃げ出す。すると、彼の身体を擦るのではないかという距離で、何かが一瞬の内に背後へと飛び去っていく。
彼は、亡霊が追って来ているであろう後ろを振り返る。そこには、亡霊が呻き声を上げながら焼煙のように消え去る光景が広がっていた。思わず腰が抜け、床に尻餅をつき後ずさる。そして下がって来た彼の肩に何者かの手が添えられた。
「ひぃぃッ!」
「おい、落ち着け。加勢しに来た。この船にまだ物資は残っているか?出来れば魔力を回復できるようなものでもあれば助かるんだが・・・」
女性の声だった。その手にはリボルバーのような銃が握られており、妖精のような淡い光を放つ何かがその者の側を飛んでいた。
「暫くは私の魔力で十分よ。でもいつまでもこんなことを続けていたら、いずれ底をつくわ」
「分かってるよ・・・。何とかしてシュユーやチン・シーに合流出来れば、活路が見出せる筈なんだが・・・」
空の弾倉を床に溢し新たな銃弾を込めたその人物は、最前線で本隊の合流とシン達の到着まで時間を稼ぎ、見事希望を繋げたミアとその精霊ウンディーネだった。魔力を使い果たし、船上でもたれ掛かっていたところを、本隊から増援で来た救護班の者に発見され、応急処置だがある程度戦えるまでの処置を施されていたのだった。
彼女とその船に乗っていた勇士達の治療を施し、別の船へ向かう救護班の者が、去り際にシュユーが乗せた物資の中には回復剤等も含まれていることを教えてくれ、ミアはチン・シー海賊団の船を本隊へ向けて戻りながら、物資を探し巡っていた。
魔力を取り戻したミアは、以前までの彼女とは別人のように戦力を上げていた。それまで、事前に準備した魔力を込めた銃弾や、時間を要して戦場で弾を拵えていたミアだったが、精霊ウンディーネを味方につけたことで、錬金術を介することなく、ただの銃弾を魔力の籠った“魔弾“へと変えられるようになっていたのだ。
しかし、纏える属性は精霊によるところがあり、ウンディーネの場合、水属性とそれに準ずるものの効果しか発揮出来ない。それでも亡霊やゴーストシップ相手ならば、何も問題なく撃ち倒すことが可能だった。
「貴方は確か客人の・・・。シュユー様は分かりませんが、チン・シー様は現在主船を離れ、敵の総大将であるロロネーと対峙しておられると報告がありました」
「何・・・?既に総大将と・・・。船長が自ら出て来るなんてな・・・。まぁ、じっとしていられるような性格でもないか」
「物資に関しては・・・申し訳ありません、我々の方で殆ど使ってしまい何が残っているのかまでは把握出来ていない状況です・・・」
チン・シーの男勝りな性格や、仲間を決して見捨てることのない意志から、ロロネーを見つければ自ら決着を着けにいくのも分かるような気がする。ミアは事態がそこまで進展していたことに、少し安心していた。
もしこのままロロネーの行方も知れず、ただ戦力を消耗しているだけであったのなら、勝機など疾うに失われていただろう。物資を得られなかったのは残念だが、ロロネーと戦っているのな、本隊へ向かうよりも早く合流出来るかもしれない。
希望を見出したミアは、迫る亡霊を軽く撃ち払うと船員の男にチン・シーの居る船の場所の目星を聞くと、床に転がった剣に新たな属性をエンチャントし、手渡すと彼を立ち上がらせる。
「助かったよ、ありがとう。決着は近い、アンタももう一踏ん張りだ。チン・シーはアンタ達を見捨てちゃいないんだから・・・。生きて自分の居場所に戻るんだ」
「ありがとうございます。まだ・・・戦えそうです!」
彼の瞳に活力が戻る。それを目にし、口角を上げ一度だけ頷くと、ミアはロロネーと雌雄を決しているであろうチン・シーの元へ急ぐ。
高所に登り、辺りの様子と目的地を確認するため、ミアはその船のマストを見つけると急ぎ駆け上がる。そこから見える景色は、未だ戦火と焼煙に包まれる海上戦の光景。だがロロネー海賊団の船や兵力は無尽蔵。周囲にはゴーストシップが船団を組み向かって来る。
「少し数を減らしておいた方がいいな・・・。ウンディーネ、あれを・・・」
ミアの合図でウンディーネは弾倉に魔力を込める。青い水を連想とさせる光がミアの銃に集約されると、ボコボコと彼女の手から水が溢れ出し手首の辺りまで覆い尽くした。そして銃口をゴーストシップの船団に構え、引き金を引く。
「水陣弾・渦紋ッ!」
銃口から飛び出した青い光を纏った弾丸が、ゴーストシップの群れの中に飛び込み海面へ着弾すると、青い光は海の中に渦状の陣形を描き、大きな渦潮を作り出す。魔弾の魔力に吸い寄せられ、ゴーストシップが次々に渦の中へと入り込むと、まるで蒸発するようにその船体を霧へと変え、消えていった。
高所から届く範囲で魔弾を撃ち込んでいくミア。海域のあちらこちらで大渦潮が発生し、ロロネーの誇る無敵のゴーストシップがその数を減らしていく。その光景に、チン・シー海賊団の者達の士気は上がり、亡霊達との戦闘に再び燃え上がるような灯火が戻る。
「さて・・・アタシらも行くか。ストリーム・ロードッ!!」
ミアは残る魔弾で、チン・シーがいるであろう目的の船目がけて引き金を引く。すると銃口から急流の水の流れのような水のスライダーが、目的地にかけて水の道を作り出した。
彼女はマストの縁をボード程の大きさにへし折り、その急流の川下りのような流れの道に乗り出し、一気に降って行く。サーフィンのように木のボードの上でバランスを取り、風を切る速度で戦地へと向かう。
道中、彼女の動きに気づいた亡霊の何体かが襲いかかって来る。リボルバーの弾倉から弾を落とし、新たな弾を込めるとウンディーネが水の魔力をエンチャントする。水流に乗りながら亡霊の攻撃を躱し、魔弾を撃ち込んで行く。
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