煙に巻く暗器

 睨み合う二人は合図を待つように、互いの出方を伺う。すると、先程までハオランが弓を射っていたマストの残骸が崩れ落ちる。瓦礫が床に落ちると同時に、二人の男は互いに相手の方へと駆け出す。


 ロロネーは走りながらハオランに向けて片腕を伸ばす。すると彼の周りに霧が渦のように集まる。先の攻撃を目の当たりにし、ハオランはロロネーの攻撃の危険性を悟り、瞬時に斜め前へと加速し範囲から離れる。


 集まった霧は収束し、空気中の一点に凝縮されると人一人を爆殺するには十分な程の水蒸気爆発を起こす。船を破壊した広範囲爆発に比べ、破壊力が一点に集中された分、爆風は抑えられていた。流石に自らの近くで爆発を起こせば、ロロネー自身もただでは済まぬということだろう。


 床を滑る勢いを殺し、再びロロネーに向かって走り出したハオランは、男の前で焦げた床の煤を蹴り上げる。簡素な目眩しを振り払うと、そこには拳を構え体勢を低くするハオランの姿があった。


 それはまだ、ロロネーに焼き払われる前の船内で彼が男を仕留め損ねた、拳からレーザービームのような濃縮された衝撃波を放つ拳が撃たれる。身体を傾け、これを避けるロロネー。しかし、彼の放たれた拳は何故か開かれており、手首を回しながら再度閉じたのだ。


 今までにない変わった動きに警戒心を高めるロロネー。そしてハオランの狙いは男の予想通り、今の拳による攻撃ではなく、それに続く第二撃目にあった。彼は閉じた拳を、まるで綱を引き寄せるかのように勢いよく引き戻す。


 背後か側面か、何かが身に迫っていると察したロロネーは、自身の身体を霧に変えハオランごと吹き飛ばそうと試みる。しかし、その時には既に彼の姿は遠退き始めていた。ハオランは何かを引き寄せると同時に、後ろへと下がっていたのだ。


 爆風に飲まれそうになった彼は、正面で両腕を大きく回し徐々に中央へ寄せると、掌底を合わせ手を開き壁を押すように前へ突き出す。すると、円形状の波紋のような衝撃波が生まれ、爆風を弾いていた。


 ロロネーの起こした爆風により、再び視界が悪くなる。だがロロネーは自身の起こした爆発による煙の中でも、ハオランのいる位置を特定することが出来る。そして煙の中で彼を見つけると、衝撃波を生み出し防御を図っている姿を目にする。


 爆風を弾くのと同時に、何やら刃物が弾かれるような金属音が僅かに聞こえる。床に転がっていた武器が、ハオランの衝撃波で飛ばされただけだろうと思っていたロロネーは、防御の衝撃波が消えると同時に彼へと接近する。


 すると距離を見誤ったのか、ハオランはロロネーが攻撃を仕掛ける前に、腕を交差させ次の攻撃を放っていた。目を見開き驚きの表情を浮かべるハオラン。ロロネーは好きだらけとなった彼に、素早い抜刀からの一閃を放つ。


 ロロネーが攻撃に出たのを目にし、ハオランは不敵な笑みを浮かべる。その表情に眉を潜ませるロロネーの目に、煙の中で光る何かが見えた。それはロロネーの振るった剣とハオランの間に張られた鉄線だったのだ。だが何故こんなものがと思った時、ロロネーの頭の中で、先程の金属音のことが過ぎる。


 「しまったッ!」


 「傲ったな。いつから俺が武器を持っていないと錯覚していた?」


 男の振るった剣は鉄線を巻き込む。だがその手に伝わるのは、鉄線による重さだけではなく、別の何かが鉄線の先に付いている感覚だった。ロロネーの力が加わり、その鉄線に括り付けられた物は更に加速し、その身体に幾つも突き刺さった。


 「こッ・・・これはッ・・・。手裏剣・・・?こんな物まで・・・」


 ハオランは床の煤を蹴り上げロロネーの注意を逸らした隙に、手裏剣を括り付けた鉄線を幾つも男の後ろへと投げていた。鉄線は彼の指に繋がっており、拳を一気に引き戻すことで闇討ちを狙っていたのだ。


 だがロロネーの爆発により一度は勢いを殺されてしまい、爆風で自らの元へ戻って来た手裏剣を、再び衝撃波で辺りへと散らしていた。視界を遮られた爆風の中で、何故彼がロロネーの接近を知ることが出来たのか。


 それはロロネーの中に潜り込んでいた、チン・シーの能力によるものだった。

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