影で送るコネクト

 終幕を飾る演者が揃う。二人もこの場にシンがいる事に驚いていた。ハオランはシンと共に居た筈の、もう一人の姿を探していたが直ぐに目の前の敵に視線を戻す。


 「シンさん・・・、今聞くことではないのかもしれませんが・・・。我が主人は何処へ・・・?」


 「安心してくれ。無事でいるよ、それどころかまだ戦うと・・・」


 能力の多様で魔力の消費量が限界に近づき、目眩や息切れを起こしていたが、チン・シーはそんな中でシンを目覚めさせ、更にある策を彼に託していた。主人である自身が、最期の幕引きの場に居ないのでは締まらぬと。


 「ッ!? それでは主人もここにッ!?」


 「身体は船員達に介抱されている。この場に来たのは、彼女の心と魂そのものだ・・・。そして既に策は成っている。後はこの男を倒すだけ。それだけに集中してくれればいい」


 チン・シーはシンを目覚めさせた後、彼に幾つか質問をした。それはシンのクラス、アサシンのスキルや能力、そして何処までの利便性があるのかということだった。


 一つ目は、シンのスキルに他人のモノを運ぶ能力があるのかということ。物体やその人物自体を影から影へと移動させることは可能だが、影にモノを入れて運ぶことが出来るのかと問われ、そのような使い方をしたことはないと答えるシン。


 まだスキルを使うだけの余力が残っていたシンは、その場で試しに物を影に入れ、暫くの間留めてみる実験を行った。結果、ある程度の時間であれば影の中に物を留めておくことが出来ることが分かった。影から物を出す際は、指定した影の場所に、その物を影に落とした勢いと同じ勢いで飛び出す。


 出口の影を指定せず、そのまま影の中に入れておくと、入った影と同じ影から同じ勢いで飛び出す結果となった。


 二つ目に、影に入れられるのは質量を持った物体だけなのかということ。これはハオランの魂を呼び覚ますため、彼の中にシンの意思を影を通して送り込んだことで立証されている。ただ、当然ながらロッシュのように対象を操ったり、洗脳するようなことは出来ず、あくまでも対象の意思の中に入り込むだけだった。


 だが、チン・シーはそれを聞いてあることを思いつく。それは彼女のリンク能力を、シンの影の中に乗せ運ぶというものだった。正確にはリンクの能力というよりも、その一歩手前の段階である他者との“接続“をするのだという。


 「汝の能力で、妾のリンクスキルの初期段階である“コネクト“をしてもらいたいのだ。何・・・難しいことではなかろう?先に見せた、物を移動させるという能力を、物ではなく妾の意思でやって貰うだけだ。どうだ?難しいか?」


 チン・シーの提案を聞かされて、正直なところちゃんと実行できるかどうか不安でしかなかった。ハオランの意思の中に入った時は必死だったこともあり、尚且つ自分自身のモノを送るという失敗への恐怖心もなかった。


 だがもし、チン・シーの意思を運ぶことに失敗した場合、一体どうなってしまうのか。彼女の身に何かあればただでは済まない。そんなプレッシャーの中で、初めてのチャレンジを行う勇気などシンにはなかった。


 「・・・分からない・・・。そもそも上手くいくかも分からない策で、アンタの意思をもしロストしてしまったら・・・。とてもじゃないが責任なんて俺には取れない・・・」


 危ない橋渡に、額から大粒の汗を流し青ざめるシン。その返事と反応を見て、チン・シーは何を思ったのか、突然吹き出し笑い始めたのだ。


 「安心しろ。言ったであろう?コネクトはリンク能力の初期段階に過ぎないと。例え上手く行かずとも、妾の意思が失われることはない。自分の能力だ、それは妾がよく分かっておるわ。だから汝は、何も気にすることなくただ妾の意思を運んでくれればそれでいい。妾の身の安全は、妾自身が保証しよう」


 彼女の言葉に、肩の荷が全て取り除かれたかのように安堵し、大きく息を吐き出すシン。例え失敗しても、何の断罪もないことを聞き掌を返したかのようにチャレンジすることを決めたシン。


 「分かった。それならやってみよう。それで?一体何処の誰に、アンタの意思を運ぶんだ?」


 ずっと隠されていた目的地について、チン・シーは真剣な面持ちに戻り答える。何となく答えは分かっていた。だがシンにはどちらに行くのかまでは分からなかった。


 一人はハオラン。しかし、そもそも彼とのリンクは既に何度もやっている筈だ。そこへ再度コネクトしたところで、何か意味があるのだろうかという疑問が残る。


 そしてもう一人こそシンの考察の本命である、ロロネーだった。だがこちらは、何かしらの効果と結果は得られるだろうが、彼女の意思が無事で済むのかという安全面での不安がある。


 ハオランの時のように、意思が乗っ取られ彼女の本体が虚になってしまうのではないかという危険も伴う。それでも彼女は折れることなく、シンに策の実行を頼む。別段必死の形相という訳でもないことから、例え意思がロロネーに引っ張られても問題はないのだろう。


 無茶な策は取らない。それはチン・シー海賊団の決まり事でもある。船長がそれを破る筈もあるまい。短い間だが彼女からは、自身と仲間を大事にする意志が伝わってくる。


 「搬送先はフランソワ・ロロネーだ。隙を見て妾の意思を奴の中に送り込み、コネクトする。もし策が上手くいけば、奴は自分の身体を思い通りに扱うことすら出来なくなろうなぁ」


 腕を組んで策の成功を思い浮かべるチン・シーの表情は、悪巧みの成功を想像するかのようにニヤけていた。彼女の中に、失敗するかもしれないという考えはないのだろうか。


 「・・・直接奴に送り込む。俺の時と同じであれば、意思がまるで何処かへ吸い込まれるような感覚になった時が合図だ。ロロネーの意思の中で、何が待っているか分からない。十分注意してくれ・・・」


 シンは、チン・シーの意思を影に忍ばせロロネーの逃げ込んだ船内へと向かう。そして重症のロロネーと刃を交え、無事に彼女の意思をロロネーの中へ送り込むことに成功する。


 それはシンが天井の影から現れ、ロロネーを床に押さえ込んだ時だった。彼はチン・シーの意思を送り込んだことを誤魔化す為、敢えてスキルを撃つようなポーズをとって見せていたのだ。その行動自体には何の意味もなく、影は男に気づかれることなくチン・シーの意思をロロネーに送り込んだ。


 そして彼女のコネクトの成功を知らせるかのように、ロロネーの動きを鈍らせたり止めたりして見せ、シンをサポートしていてくれたのだ。彼女の声はロロネーの中でしか聞こえず、頭の中に直接語りかけていた。


 「さぁ!一気にケリをつけようぜ、ハオラン!ツクヨ!」


 「遅れて来たくせに良く言うよ。・・・でも、無事で安心した。終わりにしよう・・・」


 「最期の一撃は是非とも私に・・・。散々私の身体をいいように使ってくれた“お礼“をしなければ・・・!」


 一様に武器や拳を構える一同に、少しでも生存率を上げようとロロネーは後退りする他なかった。

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