二つの世界のリンク

 後ろを振り返る間に、彼は男の拘束から逃れ距離を取ると空かさず、素早い足技からなされる衝撃波を幾つもロロネーに叩き込む。一つ一つは致命的なダメージにならないものの、後ろにいるツクヨへ腕を振るう男の攻撃を逸らすくらいの効果は得られた。


 布都御魂剣の力で、ロロネー本人ではなくその魔力や気配を感知しているツクヨは、この男に起きている異変に最も早く気が付いた。


 「ッ!?ロロネーの気配と・・・違うのか?」


 白目を向いて意識を失っていた筈のロロネーは、自身の身体を亡霊達に憑依させ、代わりに戦わせていたのだ。故に戦力としては、それまでのロロネーよりもだいぶ弱まっている。


 そしてその反応は徐々に数を増やしていき、ハオランの攻撃を受け止める者達とツクヨを追い払おうとする者達に別れ、それぞれロロネーを守ろうと動き始める。追撃で放たれたハオランの衝撃波は、ロロネーを仕留める程の威力はなく、数発で亡霊を消滅させる程度に留まっていた。


 ツクヨへ襲いかかる亡霊達も、数の力で彼を追い払い剣を振るう。気配を探知するツクヨの瞼の裏の光景には、ロロネーの反応と同じようなオーラの靄が複数現れ、次第にどれがロロネー本体のものか判断がつかなくなってしまう。


 透過しない布都御魂剣の斬撃で応戦している間に、一つの反応が変化し始め他を圧倒するものへと変わる。ハオランの一撃で意識を飛ばしていたロロネーが自我を取り戻し、突如二人の前から離れるように船内へと駆け込んでいった。


 ここまで追い込んでおいて、ロロネーに態勢を整えさせる訳にはいかない。負傷した箇所を押さえながらロロネーの後を追うハオラン。無論、それを阻止せんと亡者の群れが襲いかかる。


 彼の活路を開くため、奮闘するツクヨと遠距離からナイフを投擲していたシンが駆けつけ、亡者の足止めをする。後ろを振り返るハオランに、殿は任せろと視線を送る二人。そしてそれに応えるように一度だけ頷いたハオランは、それ以降振り返ることなくロロネーが姿を晦ました船内へと、足を踏み入れていく。


 気を失い、戦闘不能だった筈のシンが、何故戦線に復帰出来たのか。それはチン・シーによるシンへのリンクが影響していた。


 ロロネーが周囲にいる亡者達を、危機に陥る自身の元へ掻き集めたことで、シンを守りながら戦っていたチン・シーが自由の身となる。手の空いた彼女は、シンの魂を呼び覚ます為、彼とのリンクを開始する。


 無数の魂に囚われていたハオランの時とは違い、邪魔が入らないシンの中を彼の魂を探して彷徨う。その道中で彼女は、シンの中にあるトラウマや過去の出来事などに触れることとなったのだが、その殆どが映像として見えるのではなく、感情だけが伝わるというものだった。


 「何だ・・・?何故何も見えてこない。この者の過去に一体何があったというのだ・・・」


 普段のリンクで見ることができるものとは、明らかに違う感覚に戸惑いながらも、シンの魂を探すチン・シー。それもその筈、ツクヨやミア、そしてシンはこのWoFの世界の住人ではないからだ。


 如何やらこちらの世界の住人が、シン達の世界をスキルや能力により覗き見ることは出来ないようだ。故に現実世界での過去が大半を占めるシンの記憶を、かけらも覗けなかった。


 そしてそれは、シン達がWoFに来てから遭遇した不思議な出来事などについても同じだった。つまりWoFの世界に起きている異変に関する情報の部分も、触れることは出来ず知る事もできない。


 しかし、シンの抱える心の傷やトラウマは、こちらの世界でも十分にありふれたもの。人が人に与える心の傷というものは、世界や時代、そこに住む人種が違えど変わることのないものだった。


 唯一その点に関して知る事の出来たチン・シーは、シンに部下達と同じ感情を抱く。この者もまた、その者の世界から爪弾きにされ孤立した経験をしてきたのだと。


 だがチン・シーは知っている。より多くの、より深く心に傷を負ってきた者ほど、本当は他者を思いやることができ、裏切ることがないことを。勿論、傷がその者を壊してしまうことも少なくない。


 与えられた傷を他者へも振りまく者。共感を得ようと、同じ目に合わせようと歪んだ感情を抱く者も少なくない。しかし彼らもまた、本来であれば如何すれば人は傷つきどう思うものなのか理解しているのだ。


 言葉や行動の裏にある本当の意味を理解し、利用しようとする者。それがロッシュやロロネーといった、所謂“悪役“に該当するこの世界の人型のボスに値するのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る