第二ラウンド

 再び互いの出方を伺う二人の男。それは宛ら第二ラウンドの開始のゴングを待つかのように、臨戦態勢に入る。初めの攻防で受けたダメージは、双方互角といったところだろうか。


 二人とも互いの知らぬカードを切り、その手の内を晒した。ロロネーの熱を帯びた水蒸気は、回避と共に相手に火傷を負わせる攻守に優れた技。そして何より、ある程度なら空中を浮遊出来る能力があるロロネーには、船の上という地形に左右されることのない戦いが可能だ。


 一方ハオランの足には、シュユーのエンチャントによって生み出された、風を放出し空中で自在に方向転換や攻撃の威力を増すブーストが可能な武具が装備されている。拳や蹴りから発生する衝撃波は、ロロネーの厄介な水蒸気を範囲外から狙う手段として、陽動やスキルの誘発を狙うことの出来る便利な攻撃手段だ。


 互いに全力の一撃を喰らわせれば、行動を大きく遅延させ制限できるだけの威力があることが、第一ラウンドで証明された。どちらが先に一撃を入れるかで、戦況が大きく左右されることが予想される。


 ロロネーがハオランに近づき、互いの一撃必殺の距離になる。足を止め睨み合う二人。息を飲むような時間が、重く周囲の空気を圧迫していくのを感じる。まるで自分が対峙しているかのように、額から大粒の汗が流れるツクヨ。


 ハオランに危険を知らせる為に声を出したことで、ロロネーに意識があることは知られてしまっている。この男がどんな行動に出てくるかは分からないが、二人の戦力が互角だとするならば、ツクヨの目や言葉は何かしらハオランのプラスに働くかもしれない。


 最初の時とは違い、互いの息遣いが僅かに乱れている。静かに流れるその刹那の時の中で、動き出す機会を窺っている。


 周囲の海域で戦っている船の大砲が、数発放たれる音が聞こえた。そして一発の流れ弾が、彼らを乗せた船のすぐ側に落ち、水飛沫をまるで雨のように降らせながら、轟音を響かせる。


 大砲が海面に着弾したのを、第二ラウンド開始のゴングとした二人の男が同時に動き出す。水蒸気爆発を利用し、上半身を射出してハオランへ向かって飛んで行くロロネー。風を放出し空を切るように駆け抜けるハオラン。


 大砲の着弾で巻き上げた海水が、二人の衝突に合わせて降り注ぐ。手にした剣を身体の裏に至るまで捻り、ハオランに向けて全力で振り抜くロロネーの一閃と、風の放出で回転の勢いを乗せたハオランの回し蹴りが激しくぶつかり合う。


 周囲の空気を震わせるほどの衝撃波が、辺りに響き渡る。船に降り注ぐ海水の雨が、二人の衝突を避けるように弾け飛び、そこだけ雨粒が降っていないような空間を作り出す。


 二人の起こした衝撃波が無くなると同時に、その空間にも雨が降り注いだ。雨粒が彼らに触れると同時にロロネーが連撃へと踏み出る。剣を持つ手とは反対の腕をハオランヘ向けて突き出す。


 「射出シャルジュッ!!」


 ロロネーの腕は、肘から水蒸気を発生させながらハオランヘ向けて、まるでロボットアニメなどで見るロケットパンチのように飛んでいく。顔に向かってくるロロネーの腕を、首を傾け紙一重で躱すハオラン。その瞬間、ロロネーの腕に起こる僅かな変化に気づいた。


 ロロネーの腕は水蒸気を吹き出し、一気に爆発を起こしたのだ。腕が爆発する寸前、その予兆に気付いていたハオランは、蹴った足の裏をロロネーに向けて風を放出する。そしてその場を後退して離れたハオランは、水蒸気の濃霧に消えたロロネーに向けて、連続した蹴りの衝撃波を繰り出す。


 衝撃波は濃霧を突き抜けてその姿を消す。暫くすると衝撃波が何かを砕く音が聞こえたが、恐らくこれはロロネーに命中した音ではない。距離と時間に間が開き過ぎている。


 振るっていた足を止め、濃霧の中へ再び足を向けると全力で風を放出し、水蒸気爆発によって発生した局地的濃霧を吹き飛ばす。晴れた先に男の姿はない。するとハオランの背後にロロネーの下半身だけが姿を現し、重たい蹴りをお見舞いする。


 急反転し裏拳で蹴りを受け止め掴むとと、反対の手で脛を砕こうと拳を放つ。ロロネーの足は霧へと姿を変え、ハオランの拳を避ける。だが続け様に放たれたハオランの蹴りが、地に着くもう片方の足を鋭い刃の一閃の如く蹴る。


 ロロネーの足は膝の辺りで綺麗に両断された。だがその断面から水蒸気が吹き出し、再び爆発を起こす。蹴った足から風を放出し、そのまま回転するように後退して躱すハオラン。だがどうにも、それまでの水蒸気爆発とは様子が違って見えたのだ。


 ハオランが両断した足の断面から吹き出した水蒸気は、僅かに赤く染まりながら爆発を引き起こしたのだ。そしてその爆発で発生した濃霧からは、血を連想させる鉄分の匂いが漂っていた。


 姿を消していたロロネーの上半身は、着地したハオランの足元から姿を現し、その両足を足首のところで鷲掴みにする。その感触に視線を落として男の存在を視認したハオランは、そのまま床に風を放出し宙へと飛び上がる。


 そしてロロネーの手を振り解こうと、足を開脚する。腕が届かなくなり思わず片手を離すロロネーを、掴まれている方の足で風を放出し、男の身体を下に向けて投げるように振り回す。堪らず手を離したロロネーは甲板へ向けて落下していく。


 後を追うように風を放出し、身体をくるくると回転させながら凄まじい遠心力を加えたかかと落としを放つハオラン。すると、頭を覆うように二本の腕を構え防御の姿勢をとるロロネー。かかと落としは、ロロネーの腕ごと男の上半身を縦に両断した。


 だがやはりと言ったところか。ロロネーの身体は水蒸気を噴出させながら、爆発を巻き起こす。それを読んでいたハオランは、かかと落としがロロネーの身体を両断した直後に、韋駄天による緊急回避を行い、爆発に巻き込まれることなく船に着地した。


 しかしそこには、いつの間にかすぐ側の状況すら確認出来ないほどの濃霧が発生しており、足元以外ほとんど見えなくなっていた。周囲を見渡しているハオランへ、音も無く打ち放たれたロロネーの拳が襲いかかる。辛うじて気配を察したハオランだったが、避ける為に身体を動かしたのでは既に間に合わない状況に陥っていた。


 そこで彼は、ロロネーの拳に肩を差し向け鉄山靠と呼ばれる八極拳の技で対抗した。激しく打ち付け合う互いの攻撃は、再び大気を震わせる程の衝撃を生み出す。だが、発動までにやや時間を有してしまったハオランの方が、よりダメージを抱えてしまったようだった。


 蹌踉めく身体を立て直すハオランと、拳から肘にかけて突き抜けるような衝撃を受けたロロネー。腕を押さえながら、ふらふらと後退する。互いの攻防は派手さを抑えながらも、より急所を捉える洗練された動きになっていき、着実にその身体にダメージを蓄積させていく。

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