反撃の血潮

 濃霧の中に響く爆発の音。命中することのなかったロロネーの水蒸気爆発によって発生した霧は、徐々に薄れていき何事も無かったかのように消えていく。跡形もなく消え去ったロロネーの身体は、二人が元いた船の甲板の上にゆっくりとその姿を現す。


 静かに集まり濃くなる霧がロロネーの身体を作り上げていくと、その表情からは微かに疲労と先程のハオランによる一撃が効いているのか、苦痛を感じさせるものがあった。


 上がる息を整えながら眉を潜ませるロロネー。一方、上空で爆発から逃れたハオランは、その場に止まるように足先から風を一定のリズムで細かく放出し、空中でその身体を弾ませながらロロネーの行方を探していた。


 距離が開けたことで、周囲を捉える視野が広がる。僅かな戦場の動きさえも見逃さぬよう意識を集中させながら辺りを警戒していると、彼の下方にある船の上で僅かな霧の動きを感じた。


 ハオランにはそれが、ロロネーによるものであることが直ぐに分かった。彼だけではないだろう。ロロネーと戦っていた者であれば、自ずと霧の動きが目に入るようになる。真っ暗なトンネルを抜け、日の光の元へ出た時のように目が慣れてくるのを実感できる。


 ロロネーがそこに現れるのかは分からない。だがそう遠くない位置に奴は居ると、ハオランの直感が囁く。降下というよりは落下に近い速度で船へと降りていくハオランは、再び着地の寸前に風の放出でワンクッションを入れて、落下の勢いを殺すと小さな段差を降りるように甲板へ着地する。


 霧状の身体が徐々に実体へと変わり、視界を取り戻したロロネーが顔を上に傾け、上空の様子を伺う。そこには僅かな爆発の跡が残るだけで、肝心のハオランの姿が見当たらなかった。


 思わず目を見開き、驚きの表情を浮かべるロロネーの背後に、休ませる気など毛頭ないハオランが不意打ちを仕掛けようと迫っていた。その気配に気づき、後ろを振り返ろうとするロロネーだったが、視界にハオランの姿を捉えるよりも先に、横っ腹へ強い衝撃と痛みが走る。


 「ぐッ・・・!」


 床の上を弾むように転げて飛ばされるロロネー。何を貰ったか分からないが、攻撃の命中した箇所を押さえ滑りながら身体を回転させ、膝を着きながらハオランの方へと振り返る。


 しかし、床から視線を上げたロロネーの前には既に、ハオランの蹴りが迫っていた。視界にかかる影。今から身体を動かしたのでは回避が間に合わない。ハオランの蹴りがロロネーの顔面を捉える寸前。男の頭部は霧化により彼の攻撃を擦り抜ける。


 空を切ったハオランの蹴り。しかし彼は空振りの勢いをも利用し、そのままもう一回転すると今度は体勢を低くした水面蹴りをロロネーにお見舞いする。


 頭部を霧化したことで視界を失ったロロネーは、霧を通して視野を得るよりも先に、ハオランの床を滑るようにして繰り出された蹴りを貰い、足を払われる。身体を支えていた主柱を失い、宙に浮くロロネーの身体へ入念に力を込めた正拳突きのような拳を叩き込む。


 目にも留まらぬ速さで放たれたハオランの拳は、まるで一瞬の稲光のようにロロネーの身体に深々と突き刺さると、その常人よりも少し大きな身体を吹き飛ばした。F1レースの車体のような速度で船上を駆け抜けるロロネーの身体は、船の壁にぶつかると派手にその破片を周囲に撒き散らしながら煙を上げる。


 まだトドメには至らぬと、その後を追いかけ船内へと向かうハオラン。大きな風穴の空いた壁から中へ入り、男の姿を探す。立ち込める煙に熱はない。これはロロネーによる水蒸気ではないようだ。


 身体を変化させる余裕など与えたつもりはない。頭部は霧の中へと消されてしまったが、動体には確かに手応えがあった。ハオランの攻撃は命中している。ロロネーにもダメージは入っている筈だ。ここで追い討ちを決められれば、かなりのアドバンテージを得られる。


 しかし、船内に男の姿が見当たらない。数多の戦いを経験して来たハオランでさえ、あの男の気配すら感じない。それが妙に、有利である筈のこの戦況に不気味さを演出している。辺りには他に壁を突き抜けたような痕跡は見当たらない。一体ロロネーは何処へ行ったのか。


 すると、船内を物音を立てないように探し歩いていたハオランの足に、突然に何かが纏わり付いた。視線を落とし確認すると、その足首には血に染まった真っ赤な手が引っ付いていたのだ。


 腕だけが付いている異様な光景。一瞬何者の腕か分からなかった。だがその断面部位へ視線を送ると、赤い小さな水滴の粒子がその周辺に静かに舞っていた。その瞬間に、掴んでいる腕が何者の腕であるかを悟ったハオランだったが、良いようにやられていたロロネーの反撃がここから始まる。

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