神より授かりし人の力

 グラン・ヴァーグで開催されるレースで、初めてその存在が短かに迫っているような気がした。スポンサーの男が賞品という形で提供した、移動ポータルアイテム。その転移先が何と“異世界“だと言うのだ。


 シン達にとっては、こちらの世界が異世界。そしてこちらで暮らす者達にとって、シン達の世界、現実世界がその異世界に当たる。だが、その男が持ってきたと言う移動ポータル先が、シン達の世界である確証はない。


 それでも、このWoFの世界と繋がりがある異世界と言われたら、それしか想像が出来ない。真相を確かめる意味でも移動ポータルを入手したいのに加え、もしロッシュやロロネーのような者達が現実世界に転移したらと思うと、何をしでかすかわかったものではない。


 彼らの行いが原因でWoF自体のサービスに影響が出れば、シンにとって唯一の居場所、そしてミアやツクヨとも会えなくなるのだ。人生の内の一時‬でも、自分の気の休まる自分だけの“世界“を見つけ、共に共有できる仲間と出会えたということもまた、奇跡に等しい。


 現実で腐っていたシンにとって、それは尚更のこと。生きる原動力でもあり、自分らしくいられる世界を壊されたくない。もし、スポンサーの男がシン達の世界の存在を知っているのだとするならば、それが一体何者なのか、何が目的なのか。


 シンは現実世界で何度も、WoFの世界にいるモンスターに襲われている。あのようなモンスターですら、まるで転移かのようにあちらの世界に来れたと言うことが、何より転移先の信憑性をあげた。


 WoFの世界が初めてだと言っていたツクヨ。妻である十六夜がWoFのユーザーであり、いつかツクヨと一緒に遊びたいと、彼の為に作り育てていたキャラクター。故に彼自身に知識こそ無いとはいえ、キャラクターは初心者ではない。


 聖都でのミアの活躍といい、レースでのツクヨの成長と奮闘する姿を目の当たりにして、自分には何が出来たかと比べてしまうシン。それをまるで読み取ったかのように、チン・シーが声を掛ける。


 「妾は、才能の無い人間などいないと思っている。本人や周りの人間がそれを見出せていないだけで、誰しもが様々な才能を持ち合わせている。例え同じ才能を持ち、他者との優劣があろうと、才能の組み合わせは十人十色だ。お前にはお前にしか出来ないことがあり、妾は今それを求めている。だから・・・やれるな?」


 こんな言葉をかけてもらえたのなら、どんなに世界が素晴らしく綺麗に見えただろう。きっとその言葉を糧に、辛いことや苦しいことにも向き合うことが出来ただろう。他者から言われた“言葉“一つで、その人間の世界は全く別のものへと生まれ変わる。


 人という生物に与えられた、唯一無二にして世界観や人生を変える程の力を持つそれは、“言霊“とも呼ばれる、古から現代にまで繋がれてきた、謂わば魔法のような力。


 その魔法のように強力な力を持つ“言霊”は、人の世にあまりに当たり前となり、それ故に人を苦しめることも、追い詰めることも、簡単に殺すことも出来てしまう凶器ともなる。与えることしか出来ない魔法の力が、間接的に自滅を誘う最低最悪の力ともなるのが、何とも人間に相応しい能力だろう。


 チン・シーはそれを深く理解しているのだろう。彼女の周りに人が集まり、彼女を慕い身を任せるのが、この時のシンにはよく分かった。人の心を動かし、才能や能力を引き出すのが上手いのだろう。


 それが、彼女の持つスキル“リンク“と関係があるのかは分からないが、少なからず他者と繋がる能力で身についた、彼女の“才能“の一つだろう。


 「任せてくれ。何があろうと必ず俺の役割だけはやり遂げて見せるから・・・!」


 彼女の語りに、力強く返すシン。期待に応えたいという気持ちを最大限に引き出され、シンはハオランの囮りとなるべく向かうチン・シーに合わせ、スキルを放つ準備をする。


 シンのやる気を引き出した彼女は、ハオランとの戦闘へと戻って行った。囮りを買って出るチン・シー。彼の攻撃を次々に捌き、空振りさせていく中で、一番ハオランの隙を作り出す方法とは何か考えていた。


 時折苦しむような様子を見せるが、それではまだ足りない。もっと大きな隙を作り出し、シンのスキルを最大限に活かせる場面でなければならない。ハオランと手合わせをする中でこれまでの戦闘を振り返るチン・シー。


 そして一つの光景が彼女の中に蘇る。それは彼女自身が彼に追い詰められ、窮地に陥る姿を晒した時だった。自ら作り出したあからさまな隙では、彼は反応しない。手を抜くことなく戦い、追い詰められなければならないようだ。


 「・・・仕方がない。お前の道楽に付き合ってやる・・・!」


 能力やスキルに依らない、純粋な体術のみの戦闘。武術の師である彼に全力をぶつけるチン・シー。覚悟を決めた彼女の拳や蹴りは、それまで以上に冴えたるものだった。

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