悪鬼に楯突く刃
シンの機転によりロロネーを掻い潜り、ハオランヘ近づくことが出来たチン・シー。そのまま彼に接触を試みようとするも、まだ自我の目覚めていない彼の鋭い武術が、本来守るべき主人に向けられる。
「・・・不可抗力とはいえ、これは罰が必要だなぁハオランッ・・・!」
彼の間合いを深く理解した動き。紙一重でその蹴りを避けると、彼女は靡く髪の一本ですら触れさせることなく華麗に避ける。しかしそれはハオランも同じ。何せ彼女への武術指南はハオランが担当していたからだ。
魔法から素手による武術、そして武器の扱いに至るまで、様々な戦闘方法に興味を持ち学んできたチン・シーだったが、ハオランの武術は群を抜いて素晴らしく優れていた。それに目をつけた彼女はハオランに武術の指南を申し出た。
当然、訓練といえど主人に怪我を負わせかねない申し出に、緊急時には自らが必ず守ると言い反対したが、チン・シーは守られるべき対象に自分はいないと彼に話し、暇さえあれば訓練に彼を付き合わせた。
故に手合わせして分かったことがある。如何に本人の身体を使おうと、本来の彼の武術には及ばない。だがそれでも触れることは叶わない。漸くここまで近づけたというのに、ハオランの中の亡霊達は新たな動きを見せたのだ。
彼の武術を避けるとすれ違い様にその腕や足から、何やら黒い霧状ものが現れると人の腕のように変わり、追撃をするようになったのだ。
「何だあれは・・・。ハオランの攻撃だけならまだしも、これでは近づけぬ・・・」
一方、ロロネーを止めたシン達は、無視してチン・シーの元へ向かおうとするロロネーを、必死に食い止めていた。シンがスキルで拘束し、船員達がその首を狙う。刃を通さぬ身体を、何らかのスキルと捉えているシン達は、無尽蔵の魔力などあり得ぬと攻撃を仕掛け、ロロネーに魔力を使わせようとしていた。
「クソッ・・・!どうなってやがる!一向に隙など生まれないぞッ・・・!」
流石はフーファンが集めた小隊と言ったところか。船員の二人もロロネーの攻撃を掻い潜りよく戦っている。船長室にいた精鋭達とも引けを取らない動きを見せている。彼らの奮闘をサポートするように、要所要所でスキルを使いロロネーが飛んで行かぬよう縛りつける。
「おらぁおらぁおらぁッ!そんなんじゃぁ痛くも痒くもねぇぞ!万策尽きたんならとっととくたばれぇッ!」
シンの“繋影“はあくまで抑止に留まりつつあった。大きく機動力を削ぐことは出来ても、身動きを取れなくすることは出来ない。まるで影の縄に慣れてきたと言わんばかりに剣を振るうロロネー。
この男にとって、身動きが取れなくなることなど取るに足らないことなのだ。避けられないのなら透過すればいい。彼らの目測とは反対に、惜しみなく身体を透過させるロロネーが次第に押しだし、その刃は厄介なシンにも向けられた。
「こいつぁお前の仕業だなぁ?いい技持ってるじゃぁねぇか・・・。俺に従うってんなら、助けてやらんでもねぇぞぉ?」
「誰がッ・・・お前みたいな奴にッ!」
攻撃を避ければ、ロロネーを拘束していたスキルに隙が生まれ、男の動きを加速させる。シンも短剣で応戦するも、その攻撃はロロネーに命中することなく空を斬るばかり。
「魔術や妖術の類なのかッ!?こんなスキル見たことないぞ・・・」
「さぁ?どうだろうなぁ。まぁ一つ確かなのは、お前の知る必要のねぇことだよ」
身を屈め身体を回転させると、足払いでシンの体勢を崩すロロネー。倒れ込み様のシンに刃を振り下ろすと、彼はそれを短剣で受け止める。床へ叩きつけられそうになるとシンは、自らの身体で出来た影の中へ倒れ、どこへ続くかも分からぬような真っ暗な空間へと姿を消す。
ロロネーの剣が床に叩きつけられ、金属音を響かせるとやや離れた位置から、投擲用のナイフが数本、ロロネーの身体を貫通いていった。すると男の身体は空いた穴を再生することなく、そのまま全身を霧に変えると今度はロロネーが姿を消した。
何処へ消えたと探すシンと船員達。シンのスキルによる拘束が解かれたロロネーが何処へ向かうか。考えてみればそんな場所など一か所しかない。ロロネーはチン・シーとハオランの接触を避けようとしていた。
自由の身となった今、ハオランの呪縛が解かれることを警戒するならば必ずチン・シーの邪魔へ入る筈。
「しまったッ!チン・シーの元へ行かれてッ・・・!」
急ぎ彼女の元へ向かおうとしたところで、突然ロロネーが姿を現した。それはチン・シーの元ではなく、彼女の元へ向かおうと走り出したシンの背後だった。
「・・・普通はそう考えるよなぁ?普通ならなぁッ!」
ロロネーはチン・シーの元へ行く前に、邪魔者を先に排除しようとしたのだ。船長室での邪魔といい、この場でのシンによる拘束といい、散々苦渋を舐めさせられたロロネーは同じ轍を踏まぬよう、先に厄介なスキルを使うシンを始末しようとしたのだ。
完全にしてやられたシン。今からスキルを使ったところで、ロロネーの動きを止めることは出来ない。尚且つ、自身の影に入って回避するには僅かに時間と距離が足りない。どう足掻いてもこの一撃は貰ってしまう。そう覚悟した時、ロロネーの背中を生暖かい何かが伝う。
「・・・あぁ?」
背中に手を回し、流れる暖かいものに触れるとその手を眼前に持ってくる。ロロネーの手は真っ赤に染まり、何故傷を負わされたのか理解出来ないといった表情で後ろを振り返る。
男の背後に立っていたのは、木造の剣を振るい目を閉じたまま構えをとるツクヨの姿だった。
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