失われた希望と命
シンから情報を聞き出したチン・シーは、彼に次なる策の手順について説明した。アサシンのクラスであるシンのスキルを使い、ハオランの動きを止める。本来であれば難しいことだが、今回はハオランの身体に彼のモノとは別の魂がいくつも入り込んでおり、彼本来の力を発揮出来ないでいる。
それに加え、シュユーのサポートとある程度であれば、船員達による力任せに押さえつける手段もある。だがそれも、ハオランの弱体化度合いによるところが大きい。
「難しいことは考えなくても良い。其方は暫くハオランの動きを止めれば良いのだ。後は部下に羽交い締めにでもさせておけばリンクは成る」
「やれるだけの事はやってみる。取り押さえるだけの時間を作るくらいなら出来そうだ・・・」
任せてくれと言えるだけの自信は、シンにはなかったが僅かな間、隙を作る程度ならなんとかなるだろうと考えた。彼もこれまでの戦闘経験で成長している。全くハオランに歯が立たないと言うのは、想像しづらい事だ。
一度海上で手合わせをした時も、結果として見れば彼には逃げられてしまったが、こうして大した傷やダメージを負うことなく、事なきを得た。だがあの時はスキルを使う余裕もなければ、足場もなかった。万全の状態なら、もう少し上手くやれた筈。
チン・シーには隠したが、あの時の礼も兼ねて、代わりにスキルで捕らえようと、シンの意気込みも十分高まっていた。
いつスキルを撃てばいいか彼女に尋ねると、タイミングは任せると言われ、始める時にだけ合図を出すという形となった。しかし、ハオランを捕らえチン・シーがリンクするという策が、実を結ぶことはなかった。
それは誰も予期していなかった事態。そんな彼らの中でもチン・シーだけは、この事態を想定し、事を急いていた。だが間に合わなかった。そんな予想などするべきではなかったが、思っていた以上に速くその男は現れた。
シンとチン・シーの側を風の様に駆け抜けていったその気配は、ハオランと戦う船員の内二人の頭を鷲掴みにすると、床に穴が空くほどの力で勢いよく叩きつける。
突然背後から現れた異形のモノを視界に捉え、足元から飛び散る仲間の血を頬に浴びた船員が、何が起きたのか頭で考えるよりも先に、手にしていた刃を男に振り抜いた。しかし、その刃が獲物を切り裂くことはなく、ただ空を切ると剣身には血の代わりに僅かに残る黒い霧の様なものが纏わり付いていた。
彼がそれを視認しようと首を動かした時、その視界に噴水の様に噴き出す血飛沫を映し出した。初めは誰のものか分からなかったが、衣服にお湯を染み込ませる様にゆっくりと首元に温かい熱を感じる。
「・・・えっ・・・?」
あまりにも一瞬の出来事。彼には何が起きたのか理解できなかったが、ハオランの側で共に戦っていたツクヨには、何が起きていたのかハッキリと理解出来た。ツクヨの一振りを身体を大きく後方へ反らせて避ける男。
上半身を起こしながら、そのままの勢いで今度は身体を前に倒しながら、ダンスのターンかの様に回転し、回し蹴りをツクヨへ放つ。咄嗟にガードするも、ツクヨの身体は弾き飛ばされた様に船の壁まで吹き飛ばされる。
男が誰なのか分かっていない様子で拳を放つハオラン。彼の重たい拳を片手で軽く受け止めた男は、反対の手でハオランの頭を掴む。すると彼はそれまでとは違った苦しみ方をし出したと思ったら、急に大人しくなる。
「フランソワ・ロロネーッ!!」
男の姿に声を荒立てるチン・シー。感情的になる彼女は珍しい。それ故に、シンや船員達だけでなく、シュユーもその声と様子に驚き言葉を失う。まるで、今ここで口を挟めば、双方の猛獣から標的にされ兼ねないと言わんばかりの緊張感が走る。
そして何より気が気でないのは、チン・シー本人だ。ロロネーがこの場にやって来たということが、一体何を意味するのか。
それは船長室に置いて来た者達が、この男を抑えきれなかったということ。それだけならどんなに良いことだろう。悪名高いこの男が自分の策を邪魔され、獲物をみすみす目の前で取り逃したのだ。嘸かし癇に障ったことだろう。
「知らねぇ顔がチラホラいやがる・・・。俺の目論みじゃぁこんなに苦戦する様なことじゃなかった・・・」
いつもの余裕のある声色で、不気味な笑みのロロネーとは違い、低く怒りの感情が込められた声と、それを爆発させる時を今か今かと待ちわびる様に押し殺す態度。だがそれは、チン・シーも同じ。
フーファンは優秀な部下だった。幼いながらも妖術師達をまとめ、船員達からも可愛がられるムードメーカー。想像したくはなかった。だがロロネーが今、目の前にいるという事実が、その可能性をより確実なものとしている様で、チン・シーから冷静さを失わせる。
「貴様ッ・・・。フーファン達をどうした?」
「あのガキ共のことか?・・・自分の目で確かめるんだな。まぁもう動かねぇだろうがな・・・」
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