せめて最期は


 人と人ならざる者の戦いは、弓矢や大砲といったものだけに留まらず、魔法やエンチャント武具を多用に用いた珍しい一戦となった。炎を好む彼らは、その燃え広がる業火で焼き払い、船上は至るところから煙炎を立ち上らせる。


 鋼と鋼がぶつかり合う甲高い金属音と、亡者の雄叫びに負けじと唸りを上げる男達の声。そんな戦場の中に、他とは一線を画した戦闘を繰り広げる者達がいた。それこそチン・シー達が探し、シン達が目指す因果を引きつける台風の目。


 だが、次第に戦況は彼らにとって芳しくない方向へと向かっていく。戦闘に特化したクラスに就く男と、魔法とサポートで支援をメインにする男では、結果は目に見えていた。


 「こんなことをしている場合ではないというのに・・・。良かれと思った行動が、こうも裏目に出てしまうとは・・・。やはり私では、目覚めさせることは出来ないというのか」


 激しい攻防に消耗するシュユーと、収まることを知らないハオランの猛攻は、拳から光線でも出すかのように鋭い衝撃波を生み出し、シュユーはおろか彼らの船すらも突き抜ける慈悲のかけらもない武術の数々。


 彼らと共に同じ時を過ごした船を、躊躇うことなく撃沈するハオラン。一体どれ程の術が、ハオランの魂を肉体から遠ざけているのだろうか。


 エンチャントを施した防具のおかげで、いくらかハオランの拳を緩和してきたが、それも限界に近づいている。目を覚まさせよう声をかけ続けていたのが裏目に出ているのか、彼はシュユーに固執しロロネーの元へ向かうこともなく、ただただ目の前のシュユーだけを追い続けてくるのだ。


 そうこうしている内に再び距離を詰められ、ハオランの鉄槌のように重い拳が容赦なくシュユーの身体目掛けて放たれる。後ろへ飛び退き避けようとするも、その程度では攻撃の一番力の乗る芯をずらすだけで、避け切ることは出来ないと思われた。


 だが、シュユーは自分の足に即席のエンチャントを施し、床に接する部分を僅かに凍らせ、自らの身体を滑らせることでわざと転倒したのだ。自身の身のこなしだけでは如何にもならない部分を、彼なりの手段で補い辛うじてやり過ごしている。


 直ぐに受け身を取るも、ハオランは既に倒れるシュユーの上空に飛んでおり、回転の勢いを乗せた足技で、宛ら侵入者を断罪する巨大な刃をつけた振り子のように振り下ろされる。


 それを目の当たりにしたシュユーは、瞬時に側面へ転がりギリギリのところで攻撃を避ける。すると船の何層かに渡り、刃を振られたような鋭利な切れ込みが入る。とても一人の人間による武術の跡とは思えない、異様な痕跡。


 そんな刃物のように鋭く、鉄槌のように重い彼の蹴りが、起き上がり様のシュユーを襲う。立ち上がる勢いのまま飛び上がると、まるで高跳びのようにハオランの蹴りを躱す。


 空を切る彼の足技は、そのまま彼の身体を回転させもう一周してくると、床へ落ちゆくシュユーへ帰って来る。空中で体勢を変えることなど人間の身体では不可能。シュユーは身につけていた剣を床へ突き刺し、手をつき支える為の足場を作る。


 柄頭の上で逆立ちのような体勢になる。ハオランの蹴りはその剣を見事に両断し、継続して回転し続けるハオランは、達磨落としのように剣を数回に渡り斬り刻む。彼の足技の届かぬ範囲に飛び退くシュユー。


 床に突き刺さっていた剣は、その刀身をほとんど無くし転がり落ちる。回転する勢いを止める為、床に足を擦り合わせるハオランの足は摩擦で炎を生み出す。炎を従える魔神のように、ハオランの周りを活き活きと燃え盛る炎。


 互いに向き合い、僅かな静寂が訪れる。ハオランはゆっくりと立ち上がり、炎の向こう側で片足を上げて武術の構えをとる。背を向けて逃げ出せば、確実に命を絶たれるというプレッシャーを感じつつ、シュユーも迎撃の体勢へ入る。


 睨み合う二人。先に動いたのはハオランだった。


 槍のように素早く蹴りを突き出すと、その足先から砲弾のような衝撃波が飛び出し、シュユーへ向けて放たれる。衝撃波は先程の炎を潜り抜けると、その身に炎を纏い、火の玉となってシュユーを襲う。


 次々に放たれる炎の衝撃波を、彼は掌底で受け止める。衝撃波を消滅させることは出来たが、掌から肩にかけて一直線上にその衝撃と痛撃を走らせた。一つ二つと、ハオランの足技から放たれる衝撃波を打ち消しながら、少しずつ後ろへと後退するシュユー。


 腕に走る痛みが限界を超え始め、最早何も感じなくなる。船の淵にまで追い詰められると、シュユーはハオランの衝撃波避け、彼の身体を堰き止める外壁を破壊させる。小さな柵さえ乗り越えるのが困難な腕になってしまったシュユーは、破損した箇所から海へと身を投じる。


 落下する最中、船同士を繋げていたワイヤーにアンカーフックをかけ、彼の身体は運ばれる物資のように隣の船へと移動していく。着地地点を測り、痺れる手でフックをワイヤーから外すと、甲板へと転がり落ちるシュユー。


 「クソッ・・・!アイツを見つけて、少し誘き出す・・・それだけだったのに。らしくないのは私も・・・同じか・・・」


 腕に力が入らずもがいていると、後ろで何者かが降りたったような物音が聞こえた。動きを止め息を飲むシュユー。振り返ると、彼の想像した通りの光景が広がっていた。


 「・・・ハオラン・・・。まさかお前に殺されるとは、思ってもいなかったよ・・・」


 魔力はまだある。足も身体も、多少無理をすれば腕だって何とかなる。ただ、彼自身が何とかなったところで、この状況からは逃れることは出来ない。手練れであればあるほど、悲しいことにこの絶望的な状況から逃れられないと強く認識してしまう。


 シュユーの呼びかけにハオランが応えたのは最初だけ。戦闘中の彼は聞く耳も持たず、ただ目の前の敵を倒すという意思を持って攻撃して来る。ゆっくりと歩み寄るハオランに観念したのか、後ろを振り返り仰向けになると、近くの壁にもたれ掛かり動きを止めてしまう。

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