血塗られた祝歌

 「さぁ、これで分かったでしょ?アナタ達は私に蹂躙されるしかないの。せいぜいアナタ達の悲鳴で美しいキャロルでも奏でて貰おうかしら・・・」


 女が動き出すと、ロープの男はせめてもの抵抗をする為に身構える。彼らの周りで触手に弄ばれていた戦闘を行える船員達は、既に壊滅状態になっている。無傷の者はおらず、何とか動ける者が重傷の者達を庇い、ジリ貧の戦いをしている。


 歩み寄る女を前に、ロープの男はそれと反対に一歩二歩と後退りをする。彼の表情から希望の光が薄れていくのを感じる。それでも彼はツクヨに呼びかける。まるで荒れ狂う大海原に一隻の小舟を投じ、そこに希望を乗せて送り出すように、ツクヨに僅かな可能性を託す。


 「ツクヨさん・・・。誰しも悩みや人に言いづらい苦悩はあるものだ。それでも人はいつかそれを乗り越えなければならない時がやって来る。それは難しく、時間の掛かる事かもしれないが、願わくば“その時”が貴方にとって“今”であることを願うよ・・・」


 そう言い残すと、彼はそれ以上ツクヨに声をかけることはなかった。残り少ない船員が奮闘し、触手を抑えている間が僅かな希望。彼らの頑張りを無駄にしないためにも、彼は勝ち目のない戦いに身を投じる。


 しかし女は、ツクヨの剣を避けた時のように素早い身のこなしで男の攻撃を避けると、その手に握る武器を鞭のようにしなる蹴りで弾き飛ばし、そのまま蹴り上げた足で男の腹部を爪先で突き刺すようにおみまいする。


 胃の内容物が逆流するかのような感覚に襲われ、口を閉じてはいられなかった。くの字に曲がる男の身体を、背中から伸びる触手で絡め取り浮かせると、故意に苦しめようとじわじわ締め上げ、触手の女は血の気が引き悶絶する男の表情を見上げる。


 「あ“ぁッ・・・ぁぁ・・・」


 希望を託し、死地へ向かった男の苦しみに漏れる声が聞こえて来る。ツクヨはそんな彼の状態を見て、助けに行かねばと思う。だが、その足に身体を支える為の力が行き渡らず、手に握る剣には力が入らず震えていた。


 そんな状態の自分に、ツクヨは情けえなくなる。彼を信じ戦う男が危機に扮しているにも関わらず、それでも尚身体は動こうとしない。ツクヨの中で、男の死よりも過去に負った心の傷の方が大きいのだろう。


 「・・・やめろ・・・」


 ツクヨの口から力無く漏れる声が届いたのか否か、女は躊躇することなく男の片足に素早い蹴りを入れると、その骨の砕ける音を響かせた。女の影で見えない男の悲痛な叫びだけが、ツクヨの元に届く。


 「頼む・・・、やめてくれ・・・」


 彼の意思に反し動かぬ身体では、最早ツクヨに出来ることなど、女にこれ以上の殺生を見せないでくれと懇願することぐらいなものだった。


 機動力を失い、真面に戦えなくなった男を後方にいる治療班の方へと投げ捨てる。そして情けなく床で屁張るツクヨの方へゆっくりと歩み寄り、彼のすぐ側にまでやって来ると、触手で首を締め上げ強引に身体を起き上がらせる。


 「それじゃぁ・・・アナタが代わりになってくれるのかしら?」


 彼の答えを聞くまでもなく女は強烈な蹴りを、まるでサンドバックのようになっているツクヨにおみまいする。彼に拒否権はなく、返事をすることさえ待とうとはしなかった。


 船内には、拘束されたツクヨを助け出せるほどの船員は残っておらず、彼は女の触手により自由を奪われ、嬲り殺しにされ続けた。肉を打ちつける音と、触手が暴れ回る音だけがその空間を掌握し、正しく女の勝利を祝うかの如く、恐怖と暴力に血塗られた悍しい祝歌を奏でる。


 暫くすると女は自ら彼を痛ぶるのを止め、満足したように恍惚の表情を浮かべる。その後僅かに呼吸を整えるかのように休息すると、赤子が飽きた玩具を放り投げるように、ツクヨの身体を最早原型のない船内の壁に勢いよく投げ放つ。


 昏倒とする意識の中、ツクヨは女の姿を捉えようと頭を起こす。


 「随分と我慢強いのね。悲鳴というアクセントは無かったけど、なかなか楽しめたわ。でももういいわ、これ以上は折角の曲が駄作になってしまうもの・・・。それじゃぁ・・・さよなら」


 すると女は、触手でツクヨの身体を何度も壁に打ち付ける。その衝撃が一発、また一発と伝わるにつれ壁にクレーターのような跡が広がっていき、遂には船体に大きな穴を開け放ち、ツクヨを船外へと吹き飛ばした。

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