水面を駆ける雷光
海に落ちることを覚悟していた。しかし彼女に訪れた衝撃は、まだ戦場から離れることを許さないかのように、海面から遠い位置でやって来る。ミアが飛び出した窓の直ぐ下には、船の損壊により飛び出した下層の木材に身体を掬い取られ、再び船内へと戻される。
「うぅッ・・・!ここは・・・?」
勿論、彼女の中にも敗走による屈辱という感情はあった。それでも、自らの能力だけでは勝利への道を切り開けない。危険が迫っていることを誰かに伝えなくてはと、海へ身を乗り出したつもりだったが、船内へ戻ってきてしまったことに、少しガッカリしていた自分がいた。
倒れる身体を起こし、周囲を確認するミア。そこは、先程まで敵と対峙していた場所よりも空から遠ざかり、明かりの入りも少ない。照明は破損し辛うじて灯る、天井にぶら下がっているランタンの揺らめく心許ない光と、数少ない窓から射し込む薄らとした明かりのみ。
それに照らされた室内は、襲撃によって荒らされた食器が散らばる室内。その様子から食堂、或いはキッチンであるのが伺える。どちらにせよ、食に関する場所ということは、水気のある場所であることは確実。水気があれば敵の姿を誤認し易くなってしまう可能性が高まる。
現に床の至る所に水溜りが出来ており、近づくのが拒まれる。まだ完治していない足を引き摺りながら、壁にもたれ移動を開始する。すると、天井からも水が滴っているのが目に入り、思わずその様子を凝視していると、妙に粘り気のある液体が天井から床へ落ちるのが見えた。
その液体がどんな性質を持ったものであるかよりも、彼女の脳裏にはあの少年の姿が思い浮かんだ。何処から嗅ぎつけたのか、敵は既にミアのいるこの室内へと向かって来ていたのだ。
「もう位置が特定されたのか・・・!?どうなってやがるッ・・・」
天井から滴った水塊は、徐々に少年の姿を型取り彼女の前に姿を現した。
「何処へ向かおうと無駄ですよ。空気・・・とまではいきませんが、この身体は何処へでも浸透し、すり抜けることが出来ます」
物陰に身を隠し、ハンドガンの弾倉を確認する。水の上を歩くような音を立て、次第にミアとの距離を縮めて来る少年に対し、彼女は机から机へと遮蔽物を渡りながら彼の周りを一定の距離を保つようにして、数回移動する。
「こんな狭い室内じゃ、ロクに戦えないのではないですか?海上という人にとって限られた戦地では、僕から逃れることなど出来ませんよ?」
「逃げるだって?冗談じゃない・・・いつアタシが逃げるって言ったよ?」
少年の挑発に、適当な回答で時間を稼ぐミア。その間に何とか活路を開くべく、周囲を確認し使えそうなものを探す。
「・・・向かって来るというのであればお相手しますが・・・。結果は見えています。大人しく投降して下さい。あまり抵抗されると・・・殺してしまうかも知れません」
意を決し、ミアは物陰から覗き込むようにして銃口を少年に向け、数回発砲する。その数だけ室内を一瞬だけ明るくすると、火花と同時に弾丸は撃ち出され、少年に命中する。しかし弾は彼の身体を通り抜け、部屋の奥で着弾する。
「物理的な攻撃は、僕に通用しませんよ。・・・属性による攻撃を狙っている様ですが、それも期待しない方が良いですよ?」
ミアの撃った弾は水道管に当たり、周囲に水を撒き散らす。床に水溜りができ、余計に少年の有利な戦場へと変わってしまう。それでもミアは、遮蔽物から彼目掛けて銃を撃ち続ける。
食事処であるが故に、壁や天井には水道管が多く配置されており、少年の身体をすり抜けた弾丸がそこに命中する度に、室内はまるで雨でも降っているかの様に水気で満たされていく。
「・・・逃げ込んだ場所が悪かったですね・・・。これでは僕が何処へ行こうと、貴方にはその姿を捉えることすら叶いませんよ?」
床に敷かれた水から、無数の触手を作り出す少年。室内の凡ゆる場所に、まるで草木のように生える触手の数は、とても捌き切れるような数ではない。だが、そんな状況においても彼女は笑っていた。
「そうかい・・・。そんじゃぁ、もう見る必要もねぇな」
そう言うとミアは遮蔽物から飛び出し、後方の扉の方へと駆け出した。少年に背を向け、全力で走り出した彼女を見て少年は呆気に取られていた。
そして、そのままの勢いで扉へ飛び込むと、空中で身体を反転させながら銃口を少年の方へと向けるミア。
「こんだけあれば十分か・・・。くらいなッ」
ミアの放った弾丸は、少年の頭部をすり抜けて行く。だが彼女の放った弾丸は少年を狙ったものではなく、その奥にある機材に向かって飛んで行く。少年はミアの悪足掻きだと思っているようで、弾丸の向かう先など気にも留めていない。
彼女の放った弾丸が機材を撃ち抜くと、火花と共にバチバチ稲光を発した。機材に流れていた電気が漏電し、周囲を覆い尽くす水気へと伝わり、室内は凄い勢いで一気に感電した。
扉を突き破ったミアは、室内から溢れ出る水よりも早く通路を駆け抜け、電気で溢れかえる背後へ視線を向ける。
しかし、その光景は彼女の期待したものではなく、危険がまだ去っていないこと予感させるものだった。
激しく光る稲光と感電する水の中で、涼しい顔をしている少年が、走り抜けていくミアの方を見て不適な笑みを浮かべていた。
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