幻想を肥した眼

 彼女の周囲には、いつの間にか先程までスコープで覗いていた筈の少年と同じ姿形をした、頭部に大きな風穴を空けた少年が複数人、棒立ちの状態で立ち尽くしている。


 「これはッ・・・何者だ!?」


 ミアが周囲の少年に銃口を向けながら動向を伺う。彼女の問いに対して少年は、ピクリとも反応を示すことなく、無言でじっと彼女の方を向いている。自分でやっておいてなんだが、少年はミアの問いに答える為の口が無くなっているので、そもそも答えることすら出来なかった。


 すると、周囲の少年達は動くことはなかったのだが、最初にミアが頭を撃ち抜いた少年が突然足を前に運び、彼女との距離を詰めようとして来たのが、視界の端に映る。


 得体の知れない存在の彼を、これ以上近付けたくなかったミアは直ぐにその少年に銃口を向け、前へ進めようとした足を床に着けるよりも先に撃ち抜いた。バランスを崩した少年が足を踏み外し、床へ四つん這いの状態で倒れる。


 依然、銃を構えたまま不審な行動を取らないか見張るミア。少年は四つん這いの状態のまま、じっとしていると彼女によって空けられた頭の風穴が、徐々に透明な液体で満たされていき、欠損した顔の部分を形成すると、スポイトで着色料を注ぎ込むかのように透明な液体に色がついていくと、失う前の元の顔を再生した。


 「酷いことをするなぁ・・・。貴方が僕の顔を滅茶苦茶にしたから喋れなかったっていうのに」


 見るからに人間でないことは分かっていた。だがこの少年は、海賊姿の亡霊達とは違い、意味を持った言葉を発している。それにミアの問いかけに答えたことから、その言葉を聞き、意味を理解いし、相応しい返答を考えて回答した。つまりこの少年は、明かに自我を持って行動していることになる。


 「お前・・・人間ではないな、ここで何をしていた?」


 人のいなくなった海賊船に、同じ姿をした少年が複数、顔を鮮血に染めて蹲っていた。当然、正直に答えるなど期待はしていない。ただ、問いに対する反応を伺い、どういった性格や性質を持つ者なのか、そしてあわよくばロロネーと関係のある者か否かを確かめたくもあった。


 この少年が、チン・シーの軍勢を分断し各個撃破する為の、ロロネーの仕向けた刺客なのだろうか。返答を待つ彼女に、少年は少し話の軸のズレた回答で返す。


 「沢山食べていいって言われたんだ。だから邪魔が入らないように、静かに食べてたんだけど・・・。お姉さんは・・・違うね」


 初め、少年が何を言い出しているのか分からなかった。だが少年と顔を合わせた時、その口を真っ赤に染めていたことから、食べるとはこの船の船員のことを言っていることが分かった。


 そして少年の言葉にあった“言われた”という言葉。そこから彼は、何者かに利用されている。或いは主従関係にあるのかも知れないと考えたミアは、その対象がロロネーであると予測する。


 現にこの戦場において、チン・シー海賊団側の船を襲撃しているのだ。それはつまり、彼女らと手を組もうとしているミアの敵であることは間違いない。


 彼と同じ姿をした者が複数人いるが、彼は単独で襲撃しに来たと見ていいだろう。これは彼のスキルか特性で、分身・分裂等の類いで数を増やし、作業効率を高めたといったところだろうか。


 それよりも引っかかるのは、彼はミアを見て”お姉さんは違う“と言ったことだ。それこそ理解できない。船員達は少年に抵抗しなかったということなのか。


 「違う?何がだ」


 「僕を撃つのに躊躇いがなかった・・・。知っていたの?僕の正体・・・」


 ミアは少年の血塗れになった顔を見ただけで、躊躇うことなく引き金を引いた。まともな人間であれば、人を殺そうとすれば多少なり思うところはあるだろう。それが例え、怒りによる衝動的なものであっても。まして相手は、全く面識のない子供なのだ。


 「僕が“モンスター”だってことを・・・」


 不気味な声色で少年が言うと、彼女の周囲で立ち尽くしていた少年達の身体から、水で出来た触手のようなものが勢い良くミアに向かって放たれる。横へ飛び退き回避するミアの腕に数滴、滴のようなものが付着した。


 ただの水かと様子を見ると、滴の下の皮膚がブクブクと沸騰したかのように溶け出し、腐敗し始めたのだ。その衝撃的な光景に引けを取らない激痛が、ミアを襲う。


 「ぅぁッ・・・!何だこれはぁッ!?」


 悶え苦しむ彼女を涼しい顔で見下ろす少年が、いつの間に移動して来たのか彼女の側で立っていた。


 「毒だよ・・・。それよりも、一目で僕の正体を理解した貴方の方が気になる・・・」

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