最悪な特別
立ち上がる力もなく、もがき苦しむロッシュ。先程までの自信が嘘の様だ。その姿はまるで、彼が島で多勢殺した、弾倉くらいにしか思っていなかったであろう人達と相違ない装いで倒れている。
うつ伏せになり、這って離れようとするロッシュをゆっくり追い詰める様にして近づくグレイス。引き摺る足に鞭を打ちながら、この戦いに終止符を打つ為、最期のトドメを刺す為に向かって行く。
「終わりだ・・・ロッシュ。今までアンタがやってきた事を考えれば、当然の結果だろう。覚悟・・・出来てんだろうねぇ・・・?」
「やってきた・・・事・・・?略奪か?残虐か?殺戮か?フフフ・・・そんなもの、他の者達やお前達だって同じようなものだろう?弱ければ全てを奪われ、失い、そして手元には何も残らない・・・」
グレイスもロッシュと同じように海賊となった身。殺戮こそしなくとも、略奪くらいはしたことがあるだろう。それぞれの者が、それぞれの志を持って凌ぎを削り合う。
そしてロッシュもまた、内に秘めていた誰にも語ることのなかった想いを持って、奪われる側から奪う側へとなっていった。
「俺はあの時・・・全てを奪われたあの日から、強者に与えられる権利に魅力を感じ、憧れるようになった。目の前で親を殺され、その血を浴びながら目の前で俺を見ながら、その肉塊をバラすのを見てな・・・。俺はそれが普通だと思った。皆同じ状況になれば多少の違いこそあれど、俺と同じことを思うのだと・・・」
ロッシュは自分が正常であることを証明しようと、多くの人間の命を奪い、そして一人だけ残し、幼少の頃ロッシュが見た光景と同じものを彼らに見せてきた。しかし、生き残った彼らはロッシュと同じように、その光景に憧れを抱くことなどなかった。
悲しみに泣き崩れ精神を病んでしまう者や、ロッシュへの復讐を誓い憤怒の炎に身を焦がす者、全てに絶望し自らの命を絶つ者。それ以外では大抵、その場で気を失ってしまったり、怒りに身を任せ向かって来る者が殆どだった。
哀れにも力の差を理解せず、その場の感情に身を任せる者達にロッシュは、安らかな死を与えた。
感情は大事な物。ロッシュはそういった奪われた者の怒りや悲しみ、そして奪った者の喜びや楽しさを重要視している。ただそれは、人として大切な感情というよりも、他人を欺き騙す為のツールとして“感情的な”態度や行動が、相手を出し抜く上で最も利用しやすい部分だと考えている。
彼はただ自分と同じ思考に至る、”同類“が欲しかった。自分はおかしくない、正常なのだと。人はこうして強く生きていくのだと証明したかったのだ。
彼の最期の言葉を聞き、グレイスは高く振り上げた剣を一気に振り下ろした。シンは思おわず目を背ける。決着の瞬間を目にすることはなかったが、吹き出る血液であろう水飛沫と、ゴトッと重く鈍い音が床に落ちた音だけが、シンの脳内を浸食した。
ロッシュの悪行三昧は、いつしかそういった者達の間で噂となり、彼自信が憧れの人物として悪党達を引きつける事となっていく。だがそれはロッシュの目的とは違った者達の憧れ。所詮、そのような者達は華やかな悪道が歩めなくとも、道を引き返せるだけの”保険“のある人生でしかない。
彼が求めるのは、全てを目の前で奪われて尚、その強者の勝手気ままな振る舞いに憧れられるかどうかというもの。見せ掛けだけの不幸ではなく、真の絶望から見る憧れという名の光を探し出せる”同類“の発見。
賊であればそういった機会も多く、同じ地に止まることの出来ない身であれば、世界を見て回れる海路を行く賊、”海賊“が彼の欲求を満たせるだろうと海に出た。
「だが違った・・・俺はどうやら頭のネジが飛んだ異常者だったらしい。俺と同じ気持ちになるものなど、何処にも現れなかった・・・」
「当然だ、他人に自分と同じ感情を強要する人間が正常である筈がないだろう。ましてや多くの命を奪い一人だけ残すなど、常人ではそんな考えにすらならないねぇ。アンタは最悪の意味で特別で、悪夢を振り撒く怪物だったってことさ」
グレイスはロッシュの首に、鋭く光る剣の刃で狙いを定めて振り上げる。そして後はそれを振り下ろすだけで、二人の人間と、それぞれの戦いに決着がつく。
「俺は・・・特別なんか要らない・・・。”普通“であると・・・信じたかっただけだ・・・」
彼の最期の言葉を聞き、グレイスは高く振り上げた剣を一気に振り下ろした。シンは思おわず目を背ける。決着の瞬間を目にすることはなかったが、吹き出る血液であろう水飛沫と、ゴトッと重く鈍い音が床に落ちた音だけが、シンの脳内を浸食した。
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