神経伝達の異常

 何故グレイスに状態異常が通じないのか、そんなことを考えさせる暇もなく、彼女の攻撃は自身のバフにより回転率を上げて襲いかかる。一撃で効果がないのなら何度も傷を負わせるしかない。そもそも傷が浅かったこともあり、毒が身体へ巡ることがなかった可能性もある。


 ならばより深く、複数の箇所に傷を負わせれば自ずと答えも見えてこよう。分からぬことに思考を巡らせ時間を費やせるほど、グレイスは甘くない。手段は先程までと変わらないが、彼女の攻撃の手を緩める意味でも攻めるのは重要なことだ。


 ロッシュは再びダメージを顧みず、グレイスの元まで走り抜けていく。彼の突撃は、分かっていても防げるものではない。周囲に散らばる短剣は、幾ら弾こうと直ぐに再び動き出し飛んで来る。ダメージは決して大きくないが、毒が塗られている以上、無視できる攻撃でもない。


 そして短剣に気を取られていると、本命のロッシュが直ぐそこにまで迫って来てしまう。手にした短剣を振り抜き、グレイスへ直接攻撃を狙うロッシュ。一度目同様、彼の武器を持つ手を叩き落とそうと、短い近距離用の鞭で狙うも彼女の攻撃はまたしてもロッシュに当たることなく、違う軌道で振るわれる。


 「くッ・・・またかッ!何故攻撃が逸れる!?」


 先程の一件があったお陰で、今度は彼の攻撃を躱すのではなく、後方へ飛んで距離を空けることで回避することが出来た。だが、ロッシュはそこで手を止めることなく連続して短剣を振るい、今度は自らの手にある短剣も投擲しながらグレイスを追い掛ける。


 執拗な攻撃の嵐に捌き切れなくなったグレイスを、再びロッシュ本人が彼女の懐に飛び込み、短剣を振るう。巨利を空ければ避けられない攻撃ではない。その場で躱すことを止め、安全策を取ろうとするグレイスに、更なる不可思議な出来事が起こる。


 後方へ跳ぼうとした足とは逆の足が、その場に留まろうと踏ん張り彼女の身体を重くし、思っていた程の距離を稼ぐことが出来なかった。


 「ッ!?・・・しまったッ!!」


 体勢を崩すグレイスを、その動きを見越していたかのような動きで既に短剣を投擲していた。バランスを崩している状態でこれを避けることが出来ず、咄嗟に身体を捻り肩でロッシュの放った短剣を受け止める。


 毒の塗られた短剣は、深々とグレイスの肩へと突き刺さった。今度の傷は深く、傷口に毒の塗られた短剣が刺さっていた時間も、先程までとは比べ物にならない。


 「あ“ぁぁッ!!」


 急ぎ方に突き立てられた短剣を引き抜くグレイス。その短剣を投げ捨て、傷口を押さえる。正面を向き、次なる攻撃に備えるがロッシュの姿は既にそこにはなく、彼女の側面、低い位置から切り上げるように短剣を振るう。


 痛み気を取られ、足の意識はその場に踏ん張り固定されてしまっていた。迫る刃を上半身を大きく捻ることでロッシュの攻撃を躱したグレイスは、直ぐにバックステップで後方へと下がる。


 今度は不可解な現象に襲われることなく下がることが出来た。ロッシュの攻撃は空を切り、その場に止まる。彼の攻撃に合わせ、身体が言うことをきかなくなる。この男の妨害行為であることは間違いないが、発動には何かしらの条件があるように感じた。


 すると、止まっていたロッシュが突然身体を回転させ、遠心力をつけた投擲をグレイスに放つ。それまでの投擲よりもより早く放たれた短剣を、グレイスは鞭を巧みに操りボディ部分で防ごうと、軌道の複雑な鞭の防御壁を張る。


 しかし短剣は、グレイスの鞭に掠ることもなく一直線に格子状の壁を突き抜けて来たのだ。自身の鞭捌きに絶対の自信を持っていたグレイスは、ロッシュの鞭に一切接触しない投擲に対応出来なかった。


 自信のあることが破られようとしている最中、そんな筈は無い、たまたま避けられただけだと認めることが出来ず、意地になってしまったのだ。彼女のその性格が、回避する時間を僅かに遅らせてしまった。


 グレイスは目前に迫る短剣を、鞭のグリップ部分で防ごうと構える。しかし、そこで先程から自身の身体に起きている異変を、目のあたりにすることになる。


 自分では確かに、短剣の軌道上でグリップを構えている“つもり”でいたのだが、目の前に構えたグリップは僅かに角度が変わっており、すれすれの所を短剣が抜けて来れるような角度になっていたのだ。


 手や腕を動かそうとしても、彼女の意思とは関係なく身体が短剣を防ぐのを拒んでいるかのように、短剣の通り道を作ってしまう。もう迷ってはいられないと身体を捻り、ロッシュが狙った場所とは違う身体の部位で防ぐ。


 「ぐぅッ・・・!!ぅぅぅ・・・!」


 短剣はグレイスの二の腕に深々と突き刺さる。攻撃を受ける覚悟をして受けた分、ダメージへの耐性は少しあったが、威力に変わりはない。痛みに耐えながら短剣を引き抜くグレイス。再び利用されないよう、短剣を海に投げ捨て、ロッシュを睨みつける。

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