煮え切らぬ炎

 何年も使われていない部屋の机に溜まる埃に、息を吹きかけるように戦場となっている船の上を薙ぎ払う。見えない壁に吹き飛ばされたルシアンが、船の端まで追いやられ激しく背中を打ち付ける。


 この戦闘で受けた攻撃の中で何よりも重く、彼の心の主柱を折るのには十分過ぎると言っても過言ではない一撃だった。それは単純な威力でもそうだったが、何より彼の身体は限界を迎えており、これ以上の戦いは難儀。


 出来ることならこの一撃で終わらせたかったところ。だが、そこへ貰ってしまった不意打ちにしてはあまりにも重い一撃。心身共に、ルシアンの闘士を根こそぎ押し潰していったのだ。


 「シールド・・・バッシュ・・・。既にクールタイムは終わっていたのですか・・・」


 「あぁ、ついさっきだがな・・・。危なかったぜ、まさかここまでやるとは思わなかったからなぁ。・・・ッたく、手間取らせてくれやがって」


 ヴォルテルにとっても誤算だった。この船に乗り込んできたのも、この男の実力を持ってすれば早々に方が付くと踏んでのことだった。しかし、男にとってもう一つ誤算だったことがある。


 それはほんの僅かな、些細な気の迷い。それよりももっと単純な遊び心だったのだろう。自分よりも遥かに劣る有象無象を蹴散らすことに対する、一種の喜びや満足感といった快感を得てしまっていた。


 その為、一撃目のシールドバッシュの威力を弱め、わざと相手に恐怖や絶対に敵わないという絶望を植え付け楽しんでいた。ルシアンの存在は認知していなかったが、主力の乗組員がいるであろうことは予想出来ていた。


 それでも威力を弱めたシールドバッシュで苦戦した様子を覗かせたことから、侮っていた。だがその考えは、彼の奮闘によりヴォルテルの中で通常の思考回路へと修正されていった。弱者として侮る対象から、対等な相手へと。


 倒れるルシアンの元まで歩み寄ると、男は彼の頭を鷲掴みにして持ち上げる。余力はなく、腕を上げるだけの力も残っていないルシアン。


 「侮っていたのは俺の落ち度だ・・・。それでも俺のプライドは傷付いたぜぇ。これじゃぁ船長に顔向け出来ねぇじゃねぇかよッ・・・。楽に死ねると思うな・・・」


 頭を掴む腕とは反対の手で、彼の胸に手を当てるヴォルテル。すると、魔導士のスキルを使いルシアンを炎で包む。


 「あ“あ”あ“あ”あ“ッ!」


 悲痛な叫びと共にルシアンの身体が燃え上がる。だが、盾から放たれた炎とは明らかに威力が違う。一瞬で辺りを焼き尽くす盾の炎とは違い、威力こそ大したことはないが衰弱した者の意識を絶つには十分な火力だった。


 「テメェにお礼をしなくちゃぁならねぇと、気持ちが先走っちまって大事な物を置いてきちまった・・・。悪いがテメェには、この火力で逝ってもらう」


 煮え切らない炎が彼の身を焦がす。男の台詞と共に僅かだが火力が上がった。どうやら冗談でもなさそうだ。これが今の男の全力、ルシアンや船員達の攻防は決して無駄ではなかった。着実に男の体力と魔力を削いでいた。


 だが、この場においてそれが裏目に出てしまったようだ。中途半端に削ったばかりに、一瞬では逝けなくなってしまっていたのだ。


 迫る黄昏の刻、彼の脳裏に浮かぶのは仲間達の旅の日々と後悔の念。自分は上手くやれただろうか、もっと船員達を救う方法があったのではないか。最早悲鳴を上げる余力すら残っておらず、声を上げぬまま男の炎に焼かれ続ける。


 「・・・終わりだ。じゃぁな、曲芸士さんよ」


 ルシアンが限界を迎え、目を閉じようとしたその時、遠方から何かがヴォルテル目掛けて飛んでくる。長い鎖の両端に手斧をくくり付けた鎖鎌のようなものが、回転しながら男の身体に絡まる。


 焼け焦げた彼をその手から離し、身を拘束されるヴォルテル。ぐるぐると巻きつく鎖の果てに迫るは手斧の鋭利な刃。男は咄嗟に身体を曲げ、頭部に迫る刃の軌道を身体にズラす。避けることが叶わないのを早々に悟り、致命傷を避ける行動をとったのだ。


 「ぐぅッ・・・!何者だッ・・・!?」


 男が斧の飛んで来た方角に視線を送ると、海を渡る小さな小舟のようなものが見えた。そこに乗っていた二人の人物、ロッシュ軍の船に乗り込み前線を止め、気を失ったはずのシルヴィと、単身ロッシュのいる船に乗り込み直接対決を果たし、主力船の前線到着を止めた者。


 影を使い、暗殺業を生業とするクラスにつく者、シンの姿だった。

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