枉尺直尋の心得

 外の光が届かない部屋で、聞こえて来るのはその大きな船体を動かすエンジンの音と、木材の軋む音だけ。ロッシュが何者かの手によって半ば強制的に入れられた部屋の中には、彼が送り込んだ光は既になかった。恐らくあの影によって全て消されてしまったのだろう。


 彼は身体から這い出るように生み出す光によって、その周囲の状況を確認していた。それが何の手掛かりもない真っ新な状態に戻されてしまったこの状況を脱する為、静かに腰を下ろし床に手を添える。


 音を立てないように、再度光を部屋に行き渡らせようとした時、背後の方から何かが飛んで来る気配がした。直ぐに横へ転げて避けると、そのまま床に光を送り出して行く。光は床にも這っているが、彼のからだじゅうにもいくつか這っているのが服の隙間から垣間見える。


 「無駄だぞ・・・俺にはお前の攻撃が見えている」


 ロッシュは姿の見えない相手を挑発する。だが、彼自身何者かの攻撃が見えている訳ではない。薄暗く見えづらい室内にて、死角から飛んで来る攻撃を避けれたのは、彼の身体を這う光があったからこそだった。


 彼を中心に光が這い周り始めると、何処かに潜む何者かの影を探す。ロッシュはその中から影の中に入ろうとする光を目で追って行った。何者かが潜んでいるとすれば影の中。そう踏んだロッシュは光を呑み込もうとする影の場所を特定しようとしていた。


 一つ二つと影の中に光が入って行く。そして三つ目の光が影に入り周辺を探し始めると、何かを嗅ぎ当てたかのように念入りに捜索する。その異変に気付いたロッシュは相手に気取られないように顔を向けず、視界の端に捉えながら様子を伺う。


 すると、自身の隠れる影に光が入ったことで、焦りからボロを出したのか影が濃くなりその光を呑み込もうとする。しかしまだ用心深いロッシュはまだ動かない。光が影に呑まれ始めた直後、彼は懐に隠していた投げナイフで影を穿つ。


 「そこだッ!!」


 放たれたナイフは影を射止め、その影を捉えるものだと思っていた。しかしナイフは影の中へと、底無し沼に呑み込まれるようにして入っていったのだ。


 「・・・うッ・・・!」


 一瞬、何処からか人の呻き声が聞こえた。ロッシュはその声を聞き漏らさなかった。空かさず周辺にばら撒いていた光を、声のした方へと勢い良く向かわせる。床や壁、天井などあらゆる場所から迫り来る光に対し、その声の主は姿を見せぬまま床に影の水溜りのようなものを、どんどんと拡大させて行く。


 影を取り囲む光は次々に影の中に飛び込んで行く。ずるずると呑み込まれて行く光を見てロッシュは、それまで目の前の敵に夢中で気付かなかったが、呑み込まれた光が消滅しているのではなく、離れた別の場所にいる気配を探知する。


 「ッ・・・!?反応が次々に遠くへ・・・?そうかッ!この影は呑みこみ消滅させるのではなく、何処かへ通じているのかッ!」


 影のカラクリに気付いた彼は、一瞬躊躇うも意を決して光が呑み込まれて行く影の中へ向かって走り出した。そしてあろうことか彼は、まともな神経をしているのなら決して恐ろしくて出来ないような奇行に出る。


 ロッシュは影の中に頭から飛び込んで行ったのだ。だが、常軌を逸した彼の行動には意味があり、生死のかかった戦いにおいてこの行動こそ、戦況を大きく覆す突破口となったのだ。


 「見えないところで相手を追い詰め、踏ん反り返っていられるのも今の内だ・・・。貴様に俺は見えているか!?俺に恐怖はない。戦闘においてセオリーに囚われないことこそが勝利への道なのだッ!」


 何処かへ通じる入り口があるなら、そこを通って出てくるところを相手が見ている可能性は高い。そんな中で足や身体から入ってしまえば、こちらが相手を視認するよりも先に相手に胴体を攻撃されてしまう。


 頭から移動して行くことが安全でないのは確かだが、より可能性を見出すのであればこれしかない。そう考えての行動だった。ロッシュの身体は影に当たった部分から床に沈んで行く。


 「ッ・・・!?」


 頭から勢い良く姿を現したロッシュに面食らった相手が、迎え撃つために構えていた身体を一瞬強張らせる。その刹那の時が、後手に回る筈だったロッシュに攻撃のチャンスを与えた。


 「そこだッ!!」


 何者かの気配を察したロッシュが、投げナイフを放るのと同時に相手も何かを投擲して来た。空中で投げられた物同士がぶつかり合い、甲高い金属音をその空間に響かせた。


 影を通り移動して来たロッシュの身体は宙に放り出され、重力によって落ちて行く。そこは先程の部屋よりも更に薄暗い場所であり、ハッキリと確認することは出来なかったが、迫り来る木目調の板に手や腕をついて受け身を取ると、直ぐに身体を起こし周囲を警戒する。


 如何やら彼の身体は、何処かの天井から移動してきたようで、床へと落下したのだ。見覚えのある室内に、そこが彼の海賊船内であることは直ぐに分かった。しかし、その暗さや光の反応が鈍かったことから、最初に戦っていた部屋の直ぐ下であるとは考えづらい。


 何者かの気配を探しつつ、此処が何処であるかを見渡す。エンジン音の聞こえ方がさっきの部屋よりも大きく聞こえ、他にも海を渡る波の音が鮮明に聞こえる。


 「船底部の部屋か・・・?」


 此処が何処であるか理解したところで、彼はある手掛かりを見つける。それは床に垂れた赤いドロッとした液体、血液だった。息を潜め、自身の腕や足を確認するが怪我をした覚えもなく痛みもないロッシュは、それが自分のものではないことを知り、滴る血の跡を目で追うと物陰の方へと続いていた。

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