生殺与奪の潜伏者

 船内から物音はしない。普通の人間であれば、何も感じることはないであろうその空間を見渡す。元々感のいいロッシュは、自身の感の良さに絶対の自信を持っていた。


 それというのも彼の能力に由来するところが大きい。だが、それは本来のクラスで使う能力の使い方ではなかった。彼の放った光は物質の表面を這うように進み、部屋のあちこちへ広がっていった。


 すると、その中の一つがある船室の前で動きを止める。他の光は未だ辺りを探り周っており、近くを探していた別の光は動きを止めた光の元へ吸い寄せられるように近づき、扉の周りをウロウロしている。


 動き周るのを止め扉に群がる光を見つけると、ロッシュは船内へと歩みを進め扉の前へとやって来る。彼が音を立てないように扉に触れると、二つの光は扉の隙間から中へと入って行く。


 そのまま手を当て、意識を集中させるように目を閉じるロッシュ。暫くすると目を開けて、不思議なものでも見たかのような表情をし、そっと扉から手を退けて周辺を見渡す。だが、船内は依然ロッシュの放った光が這い周っているだけで、変わった様子はなかった。


 「・・・どうやって部屋から出た・・・?ここは密室だ、配管こそあれど一切の音を立てず俺の探索から逃れるなど出来る筈がない・・・。何か移動系のスキルを保有しているということか?」


 ロッシュの光はそれ程速くはなく、人が軽く走れば簡単に巻くことの出来るものだった。しかし、船内でその動きを取れば間違いなく足音が立ち、誰かがいるという気配を悟らせてしまう筈。光は目標を見失ったように、初動で見せた物質を這い周る動きへと移行していた。


 要するに、ロッシュが船室の前で扉に手を触れるまでは確かに中に何者かがいた筈なのだが、突如としその何者かが船室から姿を消したのだ。しかもその動きは、彼の放った光よりも速く移動した筈なのに、音や気配すら感じさせなかったのだ。


 「不可視化などの類によるスキルではない・・・。ある程度速度を持った移動スキルによって脱出したのか?隠密系のクラス・・・。なるほど、これでグランヴァーグでの違和感の正体が分かった。やはり俺の勘違いではなかったようだ。何者かによって移動ポータルに細工をされていたんだな・・・」


 ドアノブを握り、中の様子を見渡すロッシュは特に代わり映えのしない船室の光景を見て確信した。ロロネーと何か企んでいた彼が、何処かへ向かう筈だった移動ポータルで小さな孤島へと飛ばされた。勿論ロロネーが初めから孤島行きの移動ポータルを渡すということは考えづらい。それは互いに何のメリットもないからだった。


 部屋を後にし、再び廊下へと戻ったロッシュは光の動きを伺う。彼は光の探索が終わるまで無闇矢鱈に動くことはせず、変わった動きを見せるか、ある程度遠くまで光が探索し始めるまでその場に留まった。それは彼の慎重さや、今までの経験で得た知識がそうさせていたのだろう。


 物音も立てず気配すら消せるような、隠密を得意とする相手と入り組んだ場所や室内戦をする時は、慎重に行動しなければならない。気配の読み合いでは隠密を得意とする者に軍配が上がる。その上、先に忍び込まれているのであれば相手に自分の位置が見えている、或いは何らかの方法で知られている可能性が高い。


 無闇に動き回れば、それこそ相手の思う壺。動きは手に取るように見据えられ、いつ何時でもその命を手中に掛けられてしまう。悪行三昧であったロッシュは、恨みを買うことも多かったため、奇襲や暗殺に強い警戒心を持っていた。故に身に付けたこの能力は、彼をそんな魔の手から守るための力でもあった。


 その能力を披露するのに、それ程時間はかからなかった。廊下で光の探索を待っていた彼に、突如音も無く矢が放たれたのだ。何処からともなく放たれたその矢は、ロッシュの後方から頭部目掛けて真っすぐ、静かに空気を切り裂きながら向かってくる。


 間も無く、彼の頭部に矢先が突き刺さり頭蓋骨を貫こうかとした時、ロッシュは何と矢がどの角度から、どのくらいのスピードで飛んで来るか、予め全てを知っていたかのように無駄のない動きで首を少し横へ傾けると、矢は彼の顔の横を通り過ぎて前方の壁に突き刺さった。


 「無駄だぞ。貴様に俺の位置が分かっていようと、この程度の攻撃で俺を仕留めようなど片腹痛いッ!」


 ロッシュの挑発に返ってくる言葉はない。それどころか、矢による攻撃がただの余興であるかのように慌てる様子も動揺も、気配すら微塵も漏らすことはなかった。至って冷静に自身の命を狙ってくる相手に、ロッシュは素直に感心した。


 この者は標的の命を刈り取るために準備をし、用意周到に追い詰めて行くタイプの者であることを察すると、彼は腰をたたみその場にしゃがむと床に手のひらを当て、更に追加で光を放った。


 「ならばこちらも徹底的に貴様を追い詰めるとしよう。一度とは言え、俺を出し抜いた貴様の自信を叩き潰してやる」


 ちょっとした壁紙の模様ではないかと思うくらいの光が、船内を隈なく這い周る。探索の終わった範囲の廊下をゆっくり歩き進めながら、ありとあらゆる扉という扉を開け放って行く。


 僅かな物音も聞き漏らさぬほど神経を研ぎ澄ませ、周囲を警戒するロッシュ。一室一室順番に目視して行く中で彼は、相手の手掛かりとも取れるある光景を目の当たりにする。


 それは、彼の放った光が部屋の中を這い回っている途中で、影の中へ入ろうとする何気ない光景だった。廊下から室内を見ていた彼は、その部屋にも異変はないと確認を終えようとした時、光の一つが突然影の中でスッと消えるのを視界の端で目撃した。


 「・・・?」


 彼の光は自身で解かない限り、あのような消え方はしない。つまり相手によって消されたのだと直ぐに分かった。今までの部屋には見当たらなかった些細な出来事。物音は無く気配も感じないが、この部屋の何処かに何者かが潜んでいるとロッシュは決定づけ、徹底的にその部屋を洗おうと試みる。

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