寡戦兵法

 マクシムとヘラルトを見送ると、シン達を急かすようにレースの準備をさせようと促すツバキ。彼の焦りは無理もないことだ。何せシン達はろくに船にすら乗ったことのない程のど素人。いくらツバキが同行するとはいえ、それはあまりに無謀なこと。レース中、不慮の事故で彼が怪我をして操縦が出来なくなればレースどころではない。


 それに危険を伴うレースだ。相手の船団の機動力を奪う為、操縦士を狙うという手段に出るチームも多いだろう。戦える者は後回しにし、海上・海中での足を奪うというのは、それだけで勝利に繋がる。


 「おいッ!ボサッとしてる場合じゃねぇぜ!エントリーが済んだんだ、一安心する気持ちも分からなくはねぇが、俺達には時間がねぇ。明日のレースまでに、アンタらには船の操縦を覚えてもらう」


 「簡単に言ってくれるが、そんな直ぐに身につくような技術じゃないだろう。それにお前が同行するんだ。お前が操縦してくれれば・・・」


 無知というのは殆どの場面において、マイナスに働くことが多い。単純に周知の事実を知らない、常識を知らないとなればその発言や行いは、周りからすれば呆れられるものだ。今のシンが正にそうである。


 操縦出来る誰かが居ればいいのではない。完全な代わりにならなくとも不測の事態に備え、最低限の代役が務まるようにしておかなければならない。ましてや少人数である彼らなら尚更だ。


 「情報収集で何を聞いたんだ・・・?これはただのレースじゃねぇんだ。略奪も妨害も殺害も、何でもありのレースなんだよ。だからフォリー・・・狂気って言われてんだ。船に乗るにあたって有利なクラス、航海士や操縦士、それに別の乗り物で参加するのであれば召喚士のモンスターや、海中を進む潜水士、生身で海を渡ろうっていう種族。そういった者達を優先的に狙うのは、このレースでの常套手段だ」


 「なるほどな・・・。つまり、戦闘になれば全員相手にする必要はねぇって訳か」


 このレースにおいての常套手段、ツバキの言うことに一早く気付いたミアが、シンとツクヨに分かりやすく要点だけを汲み取り、まとめてくれた。


 「アタシらのような無名で少人数の・・・、過去の戦績やクラス、能力といったデータの無い奴らは、情報を集めるといった意味でもほぼ確実に“洗礼”を受ける事になる。そんな奴らを相手にしてたらレースどころじゃないだろ?向こうが常套手段を取るならこっちもそうするのさ。船を操縦する者、乗り物を使役する者を率先して討ち、足を止める。アタシらはアタシらで、全員が船の操縦をある程度身につけておく。少人数のチームの利点を活かすのさ」


 彼女の言う通り、船団ともなれば操縦士や航海士という船員は限られる。それを叩いてしまえば機動力を奪えて、大きなタイムロスをすることもないだろう。そして少人数ならではの利点というのは、全員がそういったある程度の操縦や航海を身につけておけば、誰が脱落しようと機能するということだ。


 「それにアンタ達には更にもう一つ有利な点がある。それが俺の開発したボードだよ。シンとツクヨは既に乗ってある程度乗りこなせるようになっている。それにあのボードはそんじょそこらの船や一人乗り用の乗り物とは違う。乗った者一人ひとりに合う特殊な素材を使ってるんだ。これはハオランにも言ってねぇ事だ。俺の船に乗る正式な乗員にだけ教えるつもりだった。これからの操縦練習の中で、アンタらにはそれを身に付けてもらう」


 昨日、ウィリアムの作業場で乗り回していた時の、操縦者のスキルを用いる特殊な能力の他に、更に別の何かが仕込んであるような言い方でシン達に話をするツバキ。すると早速練習に取り掛かろうと、シン達を先導するように歩き出す。一行は会場を後にし、ウィリアムの店へと戻っていった。


 店の近くまで来ると、いつものように工具で打ち付ける音や電動の器具で何かを両断しているような音など、工場特有の様々な音が近くなる。先陣を切って中の様子を確認するツバキが戸を開け、中に入らず首だけを通し、作業場を伺う。


 何かを探しているのか、確認を終えたツバキが戸の隙間から首を抜くとシン達の方を振り返り、注意を促すように言い聞かせる。


 「いいか?じじぃには船のことは黙っておいてくれ。俺が船を提供したとなれば必ずじじぃは反対して阻止する。そうなればアンタ達は船を取り上げられ、俺が同行するという件もなくなる。お互いにメリットは無いはずだろ?レースに参加するのは言っても構わねぇ。ただ船のことは絶対に黙ってるんだ・・・、分かったか?」


 誰にも聞かれないよう小声で話すツバキ。彼の提供する船の話が頓挫してしまえば、目的を果たせなくなる彼らもそれに同意する他なかった。それに今から別の船を探すのも時間がかかる上、操縦できる者もいないままでレースに参加するのは無謀にもほどがある。一行は少年に言われた通り、ウィリアムとその作業員達にも、ツバキの船に乗ることは伏せることにした。


 船の操縦を学ぶにあたって、短時間で粗方のことを身につけるには実際に触ってみることが一番早いことだろう。しかし、船を動かせば作業場にいる誰かに気づかれる可能性もある。ツバキは一体どうやってシン達に操縦を教えようというのか。

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