文章への愛、理解の境地

 アサシンギルドに属する、シン達の元いた世界である現代に転移して来た者達。彼らのいた世界はそれぞれ多少の違いこそあれど、どこかWoFを中心として似通ったものがあるそうだ。


 中にはほとんど変わらない、同じ時代設定かのような世界から来た者同士もいる。恐らく彼らの来た世界とは、WoFの大型アップデートによる節目の時代ではないのだろうかとシンは考えていた。


 そして彼らが全員アサシンというクラスに属しているのにも関わらず、それぞれ互いのことを知らないというのは、彼らが歴代のアサシンギルドメンバーであるということなのだろう。


 彼らの世界に死海文書があったということは、それほど古い字時代から存在していたことになる。だが書かれている内容については、その時代で発見されたもので異なっているのだという。


 ある者の時代では、財宝やレアな武具の在り処を示した宝の地図であり、またある者の時代では、全く解読不能な規則性もなく理解出来ない怪文書で発見されていたという報告もある。


 更に細かいところでは、書かれている物自体にも違いがあったようで、基本的には羊皮紙に記されている物が殆どではあるものの、稀に石版や銅板、地表や生き物の身体に書かれているものも存在していたようだった。


 「つまり、それぞれの世界、時代、場所に死海文書は存在しているということか・・・。一体誰が何の目的で残しているんだ?」


 「それだけ複数の世界に存在するのなら、特定の団体や組織であるとは思えない。単に宝の在り処を記しただけかもしれないし、怪文書に限っては精神状態に何か異常があったか、或いはそれを残している者達の間で何か共通点でもあれば・・・」


 ツクヨの呟いた疑問を、シンはそのまま白獅に聞いてみたが目ぼしい共通点はないという。事例が多過ぎるのだ。何かを絞り込むには、書かれている物も文字も、時代も場所も内容も、まるで探られるのを拒んでいるかのように数多の遺されかたをしているため、それが何のために何故残したのかということが解明されずにいた。


 彼らがその奇妙な書物のことで悩んでいると、ツバキが会場で近づいて来る人影に気付き、彼らに知らせる。


 「おい、ヘラルトの奴が走ってこっちに来るぜ?」


 少年の声にハッと我に帰る一行は辺りを見渡し、近づいて来るヘラルトを探す。だがそんな手間も必要なかったくらいに既にヘラルトは彼らの側まで来ており、視界に捉えられるよりも先に声をかけてその存在を一行に知らせた。


 「みなさん!突然のお別れ、すみませんでした」


 「あぁ、それはいいんだ。お前にも旅の目的があったんだろう?深く詮索することもしないさ」


 ヘラルトは自身の奇行を、温かい心で受け入れてくれたシン達に感謝し頭を下げた。だが彼らが深い懐で受け入れたように見えたのは、気になることがあったからだ。彼に対し聞きたいことはいくつかあったが、先ずは順を追って聞いてみることにした。


 「それよりヘラルト。お前どうしてエイヴリー海賊団と一緒に?」


 「えぇ、それは私の目的の一つだったからです」


 あっさりと答える少年の様子に意表を突かれたような表情を浮かべるシン。しかし、ヘラルトは構わず彼の質問に対し、坦々と包み隠さず話してくれた。


 「私は故郷の友人達に、外の世界のことを教える為に旅に出ました。多くの大陸や国を見て回るのには単純に空と海の旅路が早いと思い、どちらが現実的か考えた結果、海に出ることがいいだろうと判断しました」


 彼が海の旅路を選ぶのは納得ができる。この世界において空を渡って世界を回ろうとすれば、単純に費用がかかる。それに海同様、空にも賊やモンスターは存在し、襲われるリスクを考えれば、襲撃を受け乗り物が大破した際に生存率が高いとされているのが海だからだろう。


 「ですが、勿論のんびり船で旅をするのが目的ではないので、複数回大陸間を移動しようとすればそれなりのお金が掛かりますよね?それなら海を旅するスペシャリストの方々に連れて行ってもらおうと考えたんです」


 「それが知名度の高いエイヴリー海賊団だったと?だが、そんな理由で子供を乗せるほどお人好しでもないだろ」


 ミアの言う通り、仮にも海賊ともあろう者達が、船代わりに人を乗せるなど到底考えられない。だがヘラルトは、その質問がくるであろうと読んでいたように、すぐその答えを提示する。


 「そこで私は交渉したのです。ここまで来る途中で入手したある代物を使って・・・」


 「それがあの時言っていた死海文書って訳かい?」


 正にその通りといった様子でツクヨの方を指差すヘラルト。一行の中では一番話す機会の多かった彼には特別心を開いており、ことあるごとに昔話など他愛のない話をしていた。


 「あの度は突然ご迷惑かけてしまい申し訳ありませんでした」


 町でゴロツキを追い払いツバキと共に頼まれていた荷物をウィリアムの元まで届けようかとした時に、彼は突然別れを告げた。その時のことを申し訳なく思っていたヘラルトは今一度あの時のことを謝る。


 「私は手もとに持っていた死海文書の一部をエイヴリー船長との交渉に持ち出しました。それを受け入れて下さって、晴れて私も海賊団の一員に迎え入れて頂くことになったのです」


 「一部・・・?」


 「えぇ、死海文書の内容は他にも召喚や錬金のレシピ、何を書いているのか分からない不思議な文章を記した物もありましたが、それらは必要ないようでした。でも・・・私にとって重要なのは、寧ろこっちの書物だったのです」


 そういってヘラルトは一行に一枚の書物を見せる。それは羊皮紙に書かれた見ても理解出来ない文字で書かれたものだった。


 「それが・・・?だが何て書いてあるのか分からない。これに一体どんな価値が?」


 「確かに字は読めません。ですが私は感じるのです。文字の書かれ方や筆圧から、これを書いた人がどんなことを思い、どんなことを感じ、どんなことを記そうとしたのか・・・。意味も無く書かれる文字はありません。きっとそこには何か伝えたいメッセージや残したいことがあったり、心があるんです。文章を見たり読むことは誰にでもできます。ですが、そこから何を感じ、何を思い浮かべるかは人それぞれなんです。私はこの文章から物語を見ました」


 流石は作家のクラスに就くだけはある。文字について熱く語る少年の目はキラキラとし、誰も知らぬ何かを見つけた時のように希望のある輝きを放っている。そんな彼だからこそ理解できる文章もあるのかも知れない。


 分からないから必要のないことではなく、分かろうとすることにこそ本当の意味がある。ヘラルトが言いたかったこととは、そういうことなのだろう。

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