参加表明

 妻子の行方を追うツクヨは、勿論現実の世界を荒らされることを望まない。ミアの言うように、どういう原理で彼らがWoFの世界に出入り出来るようになっているのか分からない以上、大元の世界を荒らされるのは非常に危険なことだ。


 「あぁ・・・私もミアに賛成だ。こんな力を持った人達が、私達の世界に行けば、きっと良くないことが起こる。それに・・・その、ゲームのことは良く分からないが、システムが破壊されれば私達もどうなるか分からないんだ・・・」


 世界間を誰もが移動できる、そんな俄かには信じ難い代物が実在するとでもいうのだろうか。こちらの世界の住人であろうと、現実世界の住人であろうと、ここではない別の世界が存在するなど証明することは出来ない。だが同時に、証明出来なければ否定もまた出来ない。男の言う異世界への移動ポータルという存在もまた、存在し得ないとは言い切れない。


 「私達の手で入手した方が良いと思う。そんな危険な物・・・他の誰かの手に渡らせて良い物ではない・・・」


 「ツクヨの言う通りだ。幸い、そんな非現実的なことが可能だと思う者など、アタシら以外にいないだろう」


 転移ポータルについて白獅にメッセージを送っていたシンに、彼からの返信が届く。だが、送られてきたのは彼らの期待するようなものではなく、またしても危険の中へと身を投じなければならないシン達プレイヤーの性を示唆する文面が含まれていた。


 「駄目だ・・・向こうでもそんな物の存在は確認できなかったみたいだ。それに彼らが現実世界に転移した際に、ポータルのような物を使った者はいない。それにアイテムによって転移されたと認識する者もいないそうだ」


 現実世界に転移したアサシンギルドの面々も、どうやら転移の原因や要因に心当たりがある者はおらず、何も分からないのはシン達と一緒のようだった。


 「それと・・・可能であれば、その移動ポータルを入手して欲しいそうだ。それを調べることが出来れば、彼らにとっても俺達にとっても現状を打開できる情報が手に入るかもしれない・・・と」


 それを聞いて三人の意は決した。また抗えぬ運命の波に身を投じることになるのだと。しかし今回はレースの道中に配置されているということなので、上手くやれば戦闘を避けることが出来る。聖都のように、負ければ自身の存在が消えてしまうかもしれない死闘を繰り広げなくても、逃げ切ることさえ出来れば目的は達成できる。


 「何だよ、アンタら一体何の話をしてんだ?」


 その場で危機感を醸し出し、焦りや恐怖といった雰囲気の中盛り上がる彼らの会話に、全くついていけないツバキが思わず口を開く。


 これは正しく運命、異世界への転移ポータルを入手する方法はレースに参加するか、レース後にそれを手にした者から買い取るしかない。だが彼らには移動ポータルを変えるような金銭はなく、選択肢は一つしかない。


 そして目の前には、自分の船を使ってレースに参加してくれる人物を探している少年がいる。三人は揃って驚くツバキの方を見る。そして彼らの方から少年にお願いする時がきた。


 「ツバキ・・・アンタの船っていうのは、まだあるのか?」


 「ぁ・・・ぁあ?まぁ一人用のボードは、さっきハオランに譲っちまったから台数は減ったが、レースに間に合うように準備はしてある・・・けど」


 それを聞いてまずは一安心し、大きく息を吐いたシン達。そして続け様にミアが口を開き、少年に質問する。


 「急遽レースに参加しなければならない事情が出来た。アンタが最初にアタシらに出してきた提案・・・、あれを受けたい。・・・アンタの船に乗せて欲しい」


 都合の良いことを言っているのは百も承知だった。だが今から船のことやレースのことを相談し、準備をすることなど不可能に近いだろう。そう、ツバキ以外では。


 彼はレース開催ギリギリまで間に合うように準備を進め、後は船に乗る人物を探すだけという状態にあった。幸い、このタイミングでレースに参加しようという変わり者は見つからず、シン達の為に空けられた特等席のように残っていたのだ。


 ミアのお願いに、動揺していた彼の表情は喜びのものへと変わり、声を荒立てて喜びを表す。シン達にとっても彼の条件は大いに助けとなる。それはツバキ自身も船に乗ってくれるということだ。海のことも分からず、船にも詳しくない三人は、ただ船を手に入れたところで、操縦を習う時間もなければ、波や天候の変化にも対応する術を持っていなかった。


 一度は断り、彼をガッカリさせてしまった三人は、そんな彼らの掌返しを快く迎えてくれたツバキに感謝した。

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