任務の行方

 無事、焦燥感を断ち切ることが出来た様子のシンとグレイスに、ホッと胸を撫で下ろすシュユー。合鍵の作成に集中できるようになると、そこからの作業は早かった。話をする中で手際良くシンの送ってくれた鍵の形をした影の型を取り終え、鉄製の武器をスキルで溶解し、型を取った容器へ流し込んでいたシュユーは、更に鍛治師のスキルで固まるまでの時間を短縮させる。


 鍵を容器から取り出して、少し荒の残る部分を削ると、出来上がった合鍵に手をかざし簡単な一手間を加える。彼の手から放たれた光が鍵を包み込むと、同じ色の光を放ち始める。


 「合鍵が出来たぞ!これをどうすればいい?」


 「自分の影の中に落としてくれ!そうすれば影で繋がるこちら側に届く」


 シュユーは出来上がった鍵を急ぎ自分の影の中へと落とした。すると鍵は、まるで湖の中へ転げ落ちた小石のように、小さな波紋を立てながら真っ黒な影の中へと沈んでいった。本当にこれで向こう側に届いたのだろうかと、影の中を覗き込むシュユーだったが影の中に映ったのは、電源を落としたテレビを覗くのと同じように、影に物が消えるという現象に呆然とする自身の顔だけだった。


 「ロッシュ達が停泊場まで着いた。海賊船までもう近いぞ!」


 岬の高台から監視をしていたミアから、ロッシュ一行の停泊場到着の報告が入る。停泊場の入り口からロッシュ海賊団の船までそれ程距離はない。


 合鍵は既に出来上がった。これから解錠し、そこにあるかも知れない目的のアイテムを入手して船を脱出出来るかどうかは、かなり際どい様に思える。依然、船の警備にあたる者や積み込み作業をしている者、そしてシン達のいる上層部を徘徊する死霊は健在。急いて物音を立てて仕舞えば、船に近づくロッシュ達の目にも異変が起きていることが見えてしまう、とても気の抜けない状況だった。


 「いいか?お前らは中層・下層・周辺警戒に分かれて何か異変がないか探れ。何かが無くなってないかは勿論、何者かが入った、或いは何かを送り込んできたかの様な

痕跡があるかも知れない。注意深く・・・丹念に探せ」


 「うっす!」


 自分の海賊船へと帰って来たロッシュ一行は、徐々に散会して行くとそれぞれの持ち場へと移動を開始した。既に警備にあたっていた船員達から話を聞き始め、手の空いている船員達が順次、巡回へと回る。


 シンとグレイスが脱出した形跡や、報告が入らないまま海賊船内とその周辺の警戒態勢がどんどんと強くなっていく。信じているとはいえ、雲行きの怪しくなっていく現場の様子に、ミアやツクヨの額からは汗が流れる。


 「あれ?船長、もうお戻りですかい?」


 「あぁ、ちょっと気になることがあってな・・・。何か船に変わった様子はなかったか?どんな些細なことでもいい、何かおかしな事は・・・?」


 橋を渡り船内へと戻ってきたロッシュが、見張りをしていた船員に尋ねる。突然の話に、何のことだか分からない船員だったが、自身が見張りの番についてから今現在までの間のことを、頭を雑巾の様に絞って思い出そうとする。


 「ん〜・・・そうですねぇ〜・・・、変わったこと・・・。あぁ、そういえば・・・」


 何か思い当たることでもあったのか、必死に思い出そうと、眉間にシワを寄せ閉じていた目を開いた船員に、視線を送るロッシュ。一人目の聴取から情報が得られるとは思っていなかった彼も、船員の語る思い出した事に耳を傾けて集中する。


 「昼間に町へ買い出しに行った奴が、岬の方へ向かう黒上の美人を見たそうですぜ?それと・・・、積荷の舟を漕いできた奴が高身長でスタイルのいい女が、男と舟に乗ってるのを見て愚痴を漏らしてました。やっぱりレースの時期になると上玉な女も集まってくるんですかねぇ・・・」


 「・・・・・・」


 期待していた話から遠くも遠く、全く関係のない話を始めた船員にロッシュは一瞬、頭が真っ白になった。鋭い緯線は呆れたものへと変わり、最早見張りにあたっていた船員の話を聞くこともなく、自身の部屋のある上層階への階段へと向かっていくロッシュ。


 「あれ?船長?もうよろしいんで?」


 「あぁ・・・もういい。引き続き警戒にあたれ・・・」


 無駄な時間を費やしたと、大きな溜息を吐いて頭を小さく左右に振るロッシュ。ブーツが木材を叩く、木造の船ならではの音を立てながら部下を配置しなかった上層へと上がっていく。そこにはシン達が来た時と同じく、壁を擦り抜けながら徘徊する死霊のn姿がある。


 一匹の死霊モンスターが壁から擦り抜けてくると、ロッシュの目の前を通りかかる。しかし、ロッシュは瞳を動かすような反応すら取らず、横切る死霊モンスターの体を擦り抜けていく。


 そのまま船長室へと直進して行くロッシュが、遂にドアノブを握り中へと入ってくる。耳を澄まし、部屋を見渡すロッシュ。彼の耳に届く音は、下の階で作業や警戒にあたる者達の声や物音だけで、近場から聞こえるのは死霊の呻き声だけだった。


 部屋に気配がないことを確認したロッシュは、ゆっくりと船長室の中へ歩みを進める。小さく響く彼の足音、部屋の中を瞳だけ動かして注視して行く。そして彼は自分の机の下、シン達が鍵を開けようとしていた木目のところでしゃがみ、指を滑らせる。


 鍵穴へ指が当たると彼はマントの内ポケットから、やはり持っていたかと言わんばかりに本物の鍵を取り出すと、鍵穴に刺してゆっくりと回す。しっかりと鍵が役目を果たしていることを知らせる様に、解錠される音が聞こえる。この場所は探られていないのかと思ったロッシュの動きが一瞬止まる。


 そのまま施錠されていた床下を開けると、そこにはアンティーク調の箱が納められていた。ロッシュは箱を取り出すことなく、その場で蓋の淵に指を当て、慎重に指が入るか入らないかくらいまで上げると、一旦動きを止める。再び動き出して蓋を取る。


 何故彼が慎重に蓋を開けたのか、それは蓋を外したところで漸く見に入ってきた。彼は箱の四隅に塩を盛っていたのだ。それは盗みに入った者が解錠に安心し、疑いもせず蓋を開けると盛ってあった僅かな盛り塩が崩れるという、自分以外が蓋を開けたかどうかを知るための細工だったのだ。


 ロッシュは蓋を横に置き、箱の周りを注意深く観察した後、指で下をなぞると塩が溢れていないかどうか確かめ始める。擦った指を目の前に持って来ると、親指と擦り合わせるが、塩の付着は確認できなかった。漸く慎重に動くことをやめたロッシュが箱の中身を取り出し、灯りの元で品物を確かめる。


 「・・・・・。本当に気のせい・・・だったのか・・・?物が変わっている様子もなければ蓋を開けた痕跡もない。それに死霊達が反応していない・・・」


 万全の状態で隠していたアイテムに触れられた痕跡がないことを知るロッシュは、自身の“気掛かり”が気のせいで終わったことに、安心したと共に自分の感が外れたことに少し動揺した。

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