千差万別の競争劇

 シン達がウィリアムの店に着く頃にはすっかり日は沈み、町の建物や街灯に明かりが灯る。だが静まり返るということはなく、依然酒場や賭博場などでは多くの人々の熱気と活気で賑わっていた。


 店の前には、メッセージを送ったツクヨと彼らを待つツバキの姿だけで、シンとミアが知る少年の姿が見当たらない。


 「ヘラはどうしたんだ?姿が見当たらないが・・・」


 「彼なら町で別れた・・・。元々グラン・ヴァーグまでということだったし、それに彼、何か目的のものを見つけたようだったんだ・・・。荷物は後日‬ここに取りに来るそうだよ」


 シンとミアには事情がよくわからなかったが、ヘラルト本人がここまでだと言うのであれば、それを引き止める理由もなければ首を突っ込む理由もないと、少し寂しくはあったが仕方のないことだと飲み込む他ない。


 「ヘラのことは、本人がそうしたかったのであれば仕方がないだろう。・・・さて、それじゃぁ本題に入ろうか。宿はどうなったんだ?何故直接宿屋に呼ばない?」


 宿の件に関してミアが触れようとすると、悪事がバレたかのようにドキッとした反応を示すツクヨ。いよいよかと固唾を飲み、その答えを彼女に話そうとする。


 「そっ・・・それなんだけど!実は・・・」


 冷や汗をかきながらも、どこか誇らしげなツクヨがその先の言葉を口にしようとした時、彼の見せ場はそこにいた少年によって見事に奪い去られてしまう。


 「ウチに泊まるのはどうかなって・・・。町で絡まれてるところを、この兄ちゃんに助けて貰ったんだ。話を聞いてみりゃ、何でも今日泊まる宿を探してるって言うじゃねぇか。だったらお礼の意も込めてウチに泊まらねぇかって、俺が提案したんだ。料亭みてぇな飯は食わせられねぇが、料金はタダだ!・・・どうだ?今からじゃもう宿なんて取れやしないさ、悪い話じゃないだろ?」


 少年の言葉にミアが鋭い視線をツクヨへ送ると、いよいよ観念したツクヨが申し訳なさそうに宿が取れなかったことを伝え、二人も町の賑わいから仕方がないと納得し、ツバキの厚意に預かることにした。


 彼の家は店や造船場から目と鼻の先程の距離にあり、嘗て海賊業から足を洗ったウィリアムが手に入れた財宝を売り捌いて得た金で建てたものだそうで、ツバキがある程度育つと彼は仕事で殆どそこへは帰らなくなったという。


 店や造船場の作業場で夜を明かすことが増えたウィリアムは、結局その家をツバキの家として明け渡したそうで、今現在はツバキが彼から得た技術で増築して、小型船くらいなら作れるくらいの広さにしたのだそうだ。


 そして彼の家に着いてみると、そこには驚きの光景が広がっていた。


 「これ・・・君一人で住んでるの・・・?」


 「今はそうだな。ジジィはあんまし帰ってこないし、実質俺のもんだ」


 シン達が驚いたのは、広さもさることながらそのデザイン性の高さだった。コンクリートが打ちっ放しになっている開放的な内装になっており、彼らの元いた世界でも通用するのではないのかと言うほど、お洒落な建物だった。


 宿屋と連想してまさかこんな物件がお目にかかれるなど、予想だにしていなかった一行は呆気にとられ、ただただその内装を見渡していた。


 「なんだよ・・・?そんなに珍しいのか?こういうところに住んでいると、潮風が大変でよ。鉄や銅だと錆びたり木造だと湿気でな・・・。塗装なんかしてもすぐボロボロになっちまうから、もう一掃のこと打ちっ放しでもいいかって思ってな」


 ツバキが港町で暮らす大変なことについて並び連ねていくが、彼らはそれよりもこの建造物が彼らの世界の影響を受けた可能性に注目していた。聖都での朝孝の道場然り、現実世界から建造の技術を持ってきた人物がいるのか、はたまた偶然の産物なのかどうか。


 「ふーん・・・、良いセンスしてるじゃん。アンタ、才能あるのかも」


 ミアに褒められ照れ臭そうにするツバキ。夕飯は彼の家にあった食材をキャンプ用の小型グリルで焼きながら軽く済ませて、その日は凌いだ。元々シンとミアは酒場で軽食と酒を呷っていたので、それ程空腹ではなかった。ツクヨの方はというと、いろいろなことがあり過ぎて空腹にまで意識が向いていなかった。


 彼に薦められ順々にシャワーを済ませると、各自各々の時間を過ごしていた。後は寝るだけといったところで、少年はシン達一行にあるお願いをする。


 「泊まる場所を用意した・・・、食事もシャワーも済ませた、・・・俺に恩が出来たよな?」


 徐に少年が口を開き、彼らに施した厚意について述べる。彼の言う通り、ツバキがいなければ今頃野宿をしていたかもしれない。それに、下手な宿より心地の良い環境を提供してくれた彼には感謝していた。


 「その通りだ、ツバキ。君のお陰で私はみんなから責められずに済んだんだ。感謝してもしきれないよ」


 「アンタは少し大袈裟。でもありがとよ、その辺の宿よりも良い待遇うを受けさせて貰った」


 ツクヨとミアが他愛のないやり取りをしながらも、少年に感謝の意を唱える。彼らの中にある良心を確認するかのように様子を見ていたツバキが、本題を彼らに提示する。


 「それを踏まえて、アンタ達にお願いがあるんだ・・・」


 意を決したような表情をするツバキを、何事かと見つめる三人。無論、彼から受けた厚意には素直に報いたいと思っていたため、ある程度の危険を伴うクエストや、量の多い雑務ぐらいであれば心良く受け入れるつもりだった。


 しかし、彼のお願いは三人に衝撃を与え、動揺させるものとなる。


 「俺の作った船で、フォリーキャナルレースに参加してくれないか!?」


 それは、シンとミアが情報収集こそすれど参加はしないと固い意思を示し、ツクヨが知的好奇心を駆り立てられていた、国や大陸、クラスや種族など千差万別、狂気の海峡レースへの参加を求めるものだった。

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