海賊と作家の少年

 マクシムが建物の縁から降りて来ると、男達は後退りする。迎え撃とうという気配は一切なく、寧ろ今にも逃げ出しそうな表情と体勢で何とかその場に踏み止まっているといった様子だ。


「どうしてここにいるのかって?そりゃぁお前・・・ツバキの仕事を邪魔する輩がいいるからだろうが。・・・失せろッ、俺の気が変わらねぇ内にッ!」


 鋭い視線で男達を睨みつけるマクシムに、彼らは身の危険を感じたのか縺れる足を必死に動かし、転びながらも蜘蛛の子を散らすように逃げていく男達。実際、初めて彼を目の当たりにするツクヨも、マクシムの放つ視線に身の毛もよだつ程の殺気を感じ、自分に向けて放たれたものでなくとも背筋が凍り付き、冷や汗が止まらなかった。


 「なんで・・・、なんでアンタが出て来るんだ?マクシム・・・」


 あれだけの殺気を放っていたマクシムを呼び捨てにする、子供特有とでも言うのか怖いもの知らずの発言に、内心ヒヤヒヤするツクヨ。だが、そんなツバキの発言も、彼と面識があるからこそ許されているもののように思える。


 「お遣いもロクに出来ねぇのか、ツバキ・・」


 「うッうるせぇ!アイツらが邪魔するから・・・」


 言葉の途中で俯き、悔しそうな表情をするツバキ。しかしそれはマクシムに小馬鹿にされたことに対してでもなく、男達にやり返せなかったことに対してでもなかった。そんな様子を見たマクシムは小さく息を吐き、少年の心の内を読み取ると、手にした荷物をツバキへ放り投げる。


 「ッ・・・!?」


 「邪魔・・・ねぇ・・・。まぁいいや、それちゃんとウィルさんに届けてくれよ?あの人の評判にも関わるんだからよ」


 「わかってる・・・、わかってるよ」


 荷物を受け取ったツバキは、それを大事そうに胸に抱えて抱き締める。あの口煩くやんちゃだったツバキが大人しくなると、マクシムはその場を後にしようとする。


 「それじゃぁな、ツバキ。アンタ達も邪魔して悪かったな。美味しい所だけ持ってったみたいでよ」


 「あ・・・あぁいえ、ありがとうございます。お陰で騒ぎにならずに済みました」


 ツクヨがお礼を言うとマクシムは一度だけ頷き、そのまま路地から歩いて出て行き人混みの中へと消えていった。今だに荷物を抱えたまま動かないツバキの肩に手を添えるツクヨ。


 「ウィルさんのところへ戻ろう・・・」


 肩を押されながらゆっくり歩き出すツバキとツクヨ。その時、マクシムの消えていった人混みの方を向いたまま動かないヘラルトに気付き、声をかける。


 「ヘラ・・・?


 「・・・すみません、ツクヨさん。僕はここでお別れします・・・。元々、グラン・ヴァーグまでという話でしたし。短い間でしたが、とても楽しい旅でした、ありがとうございます。僕の荷物は後日取りに行きますので、シンさんとミアさんに宜しくお伝え下さい」


 彼の言う通り、グラン・ヴァーグへ行きたいと言っていたヘラルト。その目的地に到着したのだから、共に行動する必要もないだろう。それでも突然別れを告げてきた彼に驚いたツクヨは、何故今なのかと素直な疑問に駆られた。


 「ヘラ・・・?どうしたんだ、突然・・・。何故今なんだ?」


 ヘラルトに理由を聞こうとしたが、何故か彼は急いだ様子でツクヨ達とは逆方向の町並みへと向かって小走りになる。そしてその方向というのが、先程助けてくれたエイヴリー海賊団の幹部、マクシムの消えていった方向と全く一緒だったのだ。


 「すみませんッ!ではこれで・・・」


 そう言うとヘラルトはマクシムが消えていった人混みの町へと向かって走っていってしまった。去りゆく少年の背中と荷物を抱え俯く少年の間で、彼を追うべきかそれとも側にいる少年を送り届けるべきか、悩まされたツクヨだったが、脳裏に残ったマクシムの言葉を思い出し、一先ずツバキをウィリアムのところへ連れて行くことにした。


 彼らがその存在に驚く程の海賊、エイヴリー海賊団の幹部の一人マクシムがツバキをつけていたのか、その荷物をウィリアムに届けさせるため現れたということが、ツクヨにはどうにも偶然とは思えなかったからだった。

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