ゲストスポンサー

 グラスが落ちて割れ、破片が床に散らばり、椅子や机がなぎ倒され損壊し木屑が散らばっている中に、多勢の人が居れば物音の一つも立つ筈だろう。そんな異常で緊迫した雰囲気に包まれ、シンの額からは大粒の冷や汗が数滴、彼の顔に数本の水滴の道を作ると、丁度顎のラインに差し掛かったところで合流しながら、ついに顎先から汗が重力に押し負け、床へと引きつけられる。


 彼の垂らした汗が、床に落ちて起こした音が店内に響き渡る。多くの視線がシンとミア、そしてキングのいる方へと向けられ、冷たく鋭くビリビリとした感覚が彼らを襲う。静寂に静まり返る場を切り裂き、止まった時の流れを動かしたのはキングだった。


 「なんてな・・・!冗談冗談ッ!アイツがそんな簡単に死ぬようならとっくに殺されてるわな!」


 大声で笑い出すキングにつられて、店内にいる彼の仲間達も笑いながら片付けを再開する。和んだ空気に胸をなでおろすように、大きな息を吐くとシンは緊張が解けたのか、首をガクッと落として膝に手をつく。流石のミアも、この時ばかりは言葉を失い、肝を冷やされた事だろう。彼女の表情からも、筋肉の硬直が解けたかのようなものを感じ取れる。


 「いくら君達が強かろうが、君達だけじゃ彼は倒せないよねぇ!・・・君達だけじゃ・・・さぁ?」


 他の者達には聞こえていなかったのか、それとも何のことなのか分からなかったのか、反応する者はいなかったが、キングの再び放ったその台詞に一度は解かれた緊張が、一瞬だけ蘇ってきた。この男にはシン達が何者かと組んでシュトラールに挑んだということが、分かっているとでもいうのだろうか。掴めぬキングの発言に翻弄される二人。


 「まぁ、正直ぃ?俺ちゃんにとっちゃ都合の良い出来事だったわけなんよ、聖都の大ニュースってやつは。だって!正義正義って五月蝿いのよねあの男!いっつもウチらの邪魔ばかりしてきたから、漸くこれで伸び伸び出来るって感じぃ?」


 身振り手振りをしながら目まぐるしく表情を変えて話すキング。彼の言っている邪魔をされたというのは、ギャングとしての活動に関与されたということだろう。正義を謳っていたシュトラールにとってギャングなど、悪の権化以外の何者でも無い筈だ。良し悪しは分からないが、シュトラールの死は、彼のストッパーを外した事に繋がったのだろう。


 「ギャングとしての行動がし易くなったってところか?」


 「ご明察ぅッ!彼に差し止められていた物流が可能になったりね!だから俺ちゃんは感謝してる訳さぁ。そんで、気分が良いからさっきのお詫びも込めて君達の知りたい情報を一つ、教えてあげちゃおうかなぁ?」


 二人はあからさまな視線をキングに送ると、彼は万面の笑みでウィンクし、親指を立ててシン達に向ける。


 「数日後に開催されるフォリーキャナルレースのセレモニーで、景品を出してるスポンサーのお偉いさんが何人か来るわけよ。んで!今回そのスポンサーの中に飛び入りのゲストが入ったんだけど、そのゲストが出した景品ってのがどうにも得体の知れない何かだって話ぃ・・・」


 「この町でアンタの耳に入らない情報は無いんじゃなかったのか?得体の知れない何かを知りたいんだが?」


 ミアが情報を聞き出すため強気に出ると、彼はお手上げといった様子で両手を上に上げて困った顔をする。


 「ん〜・・・手厳しいねぇ。君の言う通りなんだけど、言う通りになってないんだよねぇ。つまり、俺ちゃんにとってこの事自体が異変な訳に成る訳よッ!」


 組織を牛耳っているキングでさえ分からない情報、確かにこの町で得てきた情報の中では一番きな臭く思える。そのゲストが持ち込んだ景品が、何かの異変に かんれんしている可能性も十分にあり、もしかしたらそのゲスト自体が異変にn関した人物なのかも知れない。


 「何か他に情報はないのか?どんな小さなことでも良いんだ・・・。例えば景品がどんな用途の物なのか、その飛び入りゲストって言うのがどんな人物なのか。そもそも、その景品が・・・物・・・なのか?」


 「悪いが景品に関しては、珍しいモノって以外何の情報もないのにゃぁ・・・。それにゲストの方も“黒いコート”で身を隠していて、何処の誰だか分からないって感じでぇ・・・」


 キングの発した思わぬゲストの特徴に、シンとミアは驚きのあまり、お互いに顔を見合わせる。“黒いコート”、以前にメアを襲ったとされる男、そして彼を助けた男に特徴が似ている。たまたま同じような黒いコートなのかも知れない、だが確認する価値は十分にある。


 何にしろ、キングの話すレースのセレモニーが情報調達の最も有力な手段であることは間違いない。数日後と言うことなので、一旦ツクヨとヘラルトに合流し、今後の行動を再度練り直さなければならなくなった。


 「まっ!それが君達にとって有力な情報になるのかは、セレモニーに行ってみないと分からないって訳ねぇ。町を出るにしても、先ずはセレモニーに参加してみるのが良いんじゃなくてぇ?」


 「ありがとう!キング。アンタのお陰で前進出来そうだ」


 嬉しそうに頷くキングは席を立ち、彼の側まで来ていた女性から上着を掛けてもらうと、最後に冗談なのか本気なのか、二人を自分のギャングへと勧誘した。


 「俺達ッ!シー・ギャングはッ!いつでも君達を待っているぞッ!」


 拳で胸を叩き、そのままの拳を二人へ向けるキング。彼の言葉に呼応し店内で片付けをしていた構成員の者達が声をあげて煽り立てる。そして、歓声の中、キングは酒場を後にしたのだった。

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