造船技師

 他愛のない会話を交わしながら、海に賑わいのある港町というリゾートを彷彿とさせる雰囲気に、表には出さなかったが気分が高揚し心を浮つかせていた。彼らにとってバグに遭遇し、この世界へ転移して来てから緊迫した日々や不安に駆られる日常を過ごしてばかりだったのだ。どこかで少しでもその強張った心を解せる地はないかと、無意識に求めていたのだろう。


 「アランさん、馬車は何処へ向かっているんですか?」


 平原を抜け、人の手が入った道へと景色は変わり、人の往来がある町並みへと差し掛かる。イデアールの計らいで一行をグラン・ヴァーグへ送り届けるという話にはなっていたが、馬車の主人であるアランは町の入り口で置き去りというような客としての対応ではなく、飽くまで旅を共にした友人として、町に詳しく彼らに親切にしてくれそうな場所へと案内してくれていたようだった。


 「私の取引先のお店へ向かっています。そこの主人なら町にも詳しいですし、きっとあなた方に親切にしてくれると思いますよ」


 頼まれてもいないのに、出会ったばかりでまだ付き合いの浅い自分達のため、ここまで配慮を施してくれるアランの厚意に、一行は感謝の意を述べる。


 「何から何まですみません。何かお礼が出来れば良いのですが・・・」


 「ははは、構いませんよ。報酬は既にイデアール殿からこの内容にしては破格の値段と新たな顧客との橋渡しという形で頂いています。それに、私自身楽しい旅路でしたので」


 イデアールにもいつか埋め合わせをしたいと考えていたシン。彼らはシン達に感謝してくれていたが、実際のところ何かを変えられたのかどうかといえば難しいところだ。結局、シン達がいてもいなくても聖都には動乱が起こり、街が崩壊し犠牲を払いながらシュトラールとアーテム達の正義がぶつかり合い、何方かが滅ぶ結果になっていただろう。


 そしてシュトラールを止められたのも、イデアールやアーテム達の功績が大きい。シンやミアは、ただ親切にしてくれた人達に不幸になって欲しくなかっただけで、大きな志があった訳ではない。


 「また聖都で彼らに会うことがあったら、宜しくお伝え下さい・・・」


 聖都への想いを馳せながら馬車は人混みの中を進み、町の中心部ではなくややイベントなどの催し物の賑わいから外れた、埠頭に並ぶ一件の造船場のような場所へと辿り着く。


 「ここが、先ほど話していた取引先のお店です」


 「お店・・・というよりは・・・」


 馬車から降り、アランの言う建物を見上げてみる一行。


 「そうですね、一見したらお店というよりは工房に近いですね。主人の仕事柄、船を作ったりもするそうなので、こういった施設を建てたのだとか・・・。いろいろと裏で暗躍する方々からの信頼も厚いようで、海賊船や海上兵器にも携わっているという噂も聞いています」


 様々な事情を抱えた者達が集まる町だからだろうか。そういった所謂、裏取引というものも行われているようで、政府がある程度取り締まっているものの、弾圧しないということは、そういう事なのかもしれない。


 「それってアランさんも大丈夫なんですか?」


 「飽くまで噂です。それに私のところは、商業組合にも所属しておりますので違法な取引はしていません」


 そう言って笑顔を見せるアランに、それがどこまで事実であるか些か怪しさも臭わせていたが、親切にしてくれた彼にそんな疑念を抱くのも悪いと思ったシン達一行はそれ以上深くは聞かないことにした。


 馬車から荷物を降ろし、アランに案内されるまま施設横の店舗へ入り、店内にいない主人に来店を伝えるように一声掛けるアラン。すると、店の奥から筋肉質でがたいの良い大柄の老人が姿を表す。


 「ウィルさん!お邪魔しますよ!」


 「おう、アラン!戻ったのかい?」


 聖都から運んできたものだろか、少なくともシン達が馬車に乗り込んだ際には既にそこにあったであろう荷物を降ろすと、シン達を店内で待つよう伝え、台車を使い店の奥へと荷物を運ぶアラン。


 そしてアランにウィルと呼ばれていた大柄の老人の後ろから、もう一人小柄の人影が姿を表す。体格差のせいかヤケに小さく見えるが、どうやらその人影はまだ子供のようで、少し高い声が隣にいる老人の口調を真似しているかのようにアランへ声を掛けた。


 「おう、アラン!まだ生きてやがったのか!?」


 作業着の上着を脱ぎ、腰から垂れ下げ白いシャツを黒く汚した人影は、黙っていれば可愛らしい中性的な見た目をし、長い髪を後ろで縛っているやんちゃな雰囲気を醸し出している。


 「・・・ウィルさん、口調には気をつけた方が良いって言ったじゃないですか。すっかり貴方の真似をしちゃってますよ?」


 溜息混じりにアランは老人の荒い口調を注意する。そんな彼の言葉を耳が痛いといった様子で耳を掻きながら聞き流すと、シン達の方へと視線を移した老人が、彼らは何者なんだとアランに問う。


 「別に気にしちゃいねぇがな。それよりそこの方々は・・・?まさかおめぇ、お客人を連れて来てくれたってのか!?どういう風の吹き回しだ!何が目的だ!?」


 老人のペースにうんざりといった様子のアランが、その場を取り仕切るように双方の簡単な紹介をしてくれた。聖都のイデアールに頼まれてここまで連れて来たこと、ヘラルトは途中で合流し、同じくこのグラン・ヴァーグへ行きたがっていたのを連れて来たのだと。そしてシン達にも、店の主人と子供の紹介をするアラン。


 「こちらの方がこの店の主人である、“ウィリアム・ダンピア”さん。そしてそっちの子が“ツバキ”と言います」


 アランに紹介される中、一行は互いに視線を混じり合わせ、名前と顔の一致を図る。彼の簡単な紹介を経て、老人と子供がより詳しく自らの自己紹介をする。


 「わしはここで、主に造船技師をしているウィリアム・ダンピアという。他にも武具の修理や強化、改造なんかもしておる」


 「俺はツバキ!ジジィの弟子でエンジニアをやってんだ!」


 ウィリアムが手を振り上げ、ツバキの頭を引っ叩くと、少年は両手で叩かれた部位を押さえながら飛び跳ねて、目一杯にその痛さを身体で表現して見せた。


 「いってぇーなッ!ジジィ!!加減ってもんを弁えろよ、加減ってもんをよぉッ!?」


 そんな二人のやり取りを、初見の彼らは苦笑いでやり過ごすと、やれやれといった様子で頭を抱えるアランの姿が目に入った。荒々しい関係性ではあるが、そこには愛情のようなお爺さんと孫、親と子を彷彿とさせる絆のようなものを感じた。

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