愛の恩寵

何故こんなに早くリーベがミアの位置を探し当てられたのか、それはここにいる子供達が関係していたからだった。


それまでミアの位置は感知されなかったため、ミアの残す痕跡を辿りながら後を追っていたが、突然リーベの目に二つの反応が見え始めた。


それが、気を失っていたウッツとエルゼの生命反応で、目を覚ましたことにより再びその反応を感知することができたリーベは、その反応を追いここまで一直線に向かって来ることができた。


「リーベ・・・まさか、アンタッ・・・!」


ゆっくりとその足を三人の元へ運ぶリーベの表情は、まるで獲物を追い詰めた狩人のように鋭い目つきをしていた。


「まっ待てッ! リーベ!! この子達はッ・・・!」


無言で近づいてくる彼女に、慈悲や見逃そうという優しさを感じなかったミアは、二人を自分の後ろに隠し、必死に守ろうとした。


「・・・・・」


一切の反応を示さないまま、リーベはミアの肩に手を置くと、後ろに隠れて怯えている二人を見つめる。


「聖都の外に出ていった部隊から、安全を確保できた場所にポータルを繋げたという連絡が入った・・・」


「・・・えッ?」


突然、落ち着いた声で流暢に話し出すリーベに戸惑いが隠せなかった。


そして子供達も、彼女の声を聞くと震えるのをやめ、顔を上げるとその声の主が聖騎士隊の隊長リーベと知ると安心した表情へと変わる。


それほど聖都で暮らす人々にとって聖騎士というものが、信頼されているのかが見て取れる。


「・・・リーベ・・・様?」


「おっおいッ・・・!」


何かをしようとしているリーベを、腕を掴み静止するミアはまだ、彼女を信頼しきれていない。


見られてはマズイものを見た、ミアやツクヨ、そしてルーフェン・ヴォルフの隊員を亡き者にしようとするほど、任務に忠実だった彼女を見てきたミアには、この子供達もその対象にするのではないかと、気が気じゃなかった。


しかし、彼女はミアの掴む手を触るとそっと離し、目を見つめると首を横にふり、再度子供達の方へと向き直す。


「これは私の分のポータルです、シュトラール様が私達のために持たせてくれたものです」


それはルーフェン・ヴォルフの幹部の者達が仕入れていた、移動ポータルのアイテムだった。


リーベがそのアイテムを使うと、目の前に別の場所が映るポータルが現れ始める。


「さぁ、これは貴方達が使いなさい」


地面に座り込んでいた子供達の手を取ると、彼女は二人をポータルの方へと連れて行く。


「リーベ様は・・・? みんなで行きましょう。ここは危険なんでしょ?」


この子達は何もしらないのだ。


その無垢なる問いに、彼女は首を縦には振らなかった。


「いいえ、私達はまだ逃げ遅れた人達を探さなければなりません・・・。私達は助けを求める人がいる限り、この場を離れることはできない。貴方達が“正しく”生きて、約束を守ってくれているんですもの・・・。 聖騎士が約束を破る訳には、いかないものね」


その時見せた彼女の優しい微笑みは、それこそ愛の恩寵を受けた女神のように美しく、二人の子供の心に絶対の安心感を与えた。


「もう行きなさい。 また後で会いましょう。 すぐに元の日常に戻れるから・・・」


「ありがとうございます・・・リーベ様。 お姉さんも、またね」


背中を押し、子供達をポータルに入れると、後ろを振り向きながら子供達は感謝を伝え、そして消えていった。


二人だけになった場で、ミアは彼女に話しかける。


「リーベ・・・アンタ・・・」


本当にさっきまで死力を尽くして戦っていた相手なのかと疑うほどの光景だった。


「何も知らないんだもの・・・当然だわ。 あの子達は正しいものを見て、正しく育っていく未来への宝なの。 私のように・・・辛い思いをして欲しくないの・・・」


リーベは自分の過去のように、他人に住むところを奪われ、傷つけられ、裏切られるような悲惨な思いを、正しく生きる者達にして欲しくないだけ、そして今の彼女には誰かを守れるだけの力がある。


「だから・・・ごめんなさい、ミアさん。 事情を知った貴方を世に放つ訳にはいかないの・・・」


この動乱の真実を知った者が、誰かにこの事を話せば全てが無駄になる。


故に彼女は引くことができない。


正しく生きる者達が報われるために、この計画だけは崩す訳にはいかない。


それは、人の痛みを知るリーベだからできること、そう信じているから・・・。










突然、横の壁が突き破られ、鋭い何かがリーベにぶつかる。






彼女の口から赤いものが流れ始める。


そして、ぶつかった何かは、そのまま彼女を持ち上げる。


ミアの顔に鮮血が飛び散る。


「・・・・・ッ!? お・・・お前・・・」


リーベにぶつかったソレは、常人の大人よりも一回り大きく筋肉質な身体をし、やや長く発達したその腕はリーベの腹部を貫き、それを仲間達への手向けのように天高く掲げ、そして力強く咆哮する。


「ヴォォォオオオオオッーーー!!!」


弱々しく震えながら持ち上がる両の手で、自分の腹部を突き抜けるその腕を掴もうとするリーベ。


「ぁッ・・・あぁぁ・・・」


「生きていたのかッ・・・! ナーゲルッ!!」


全身をリーベの血で真っ赤に染めたソレは、ミアを聖都に案内してくれ、仲間思いだった明るい少年。 目の前で大切なものを奪われ、怒りの業火で身を焦がしたナーゲルの変わり果てた姿だった。


リーベがやっとの思いでナーゲルの腕を掴むと、決死の覚悟をしたかのような表情を浮かべ、手から強い光をナーゲルに流し込んでいく。


「ギャィィィアアアアアッーーー!!!」


痛烈な叫び声をあげながら、ナーゲルの身体はみるみる縮んでいき、元の少年の姿に戻ると、気を失ったようにその場に倒れる。


地上に降ろされたリーベは、よたよたと覚束ない足取りで、数歩だけミアの方へと歩いてくる。


この時のミア自身も、何故そんな行動に出たのかは分からない。


それでも彼女は、崩れ落ちるリーベを抱きかかえずにはいられなかった。


「リーベッ・・・、しっかりッ! リーベッ!!」


「おか・・・しな人・・・。 敵・・・なのよ・・・? わた・・・くし達・・・」


ミアはすぐに回復のアイテムや蘇生のアイテムを、手当たり次第リーベに使い出す。


最早、どのアイテムが効いたのか分からないくらい使って、何とか腹部に空いた大きな穴は塞ぐことが出来た。


だが、ミアは以前のシンを見て知っていた。


外傷は治ろうとも、蓄積されたダメージは瞬時に取り除くことが出来ないということを。


「穴は塞がったからッ! もう・・・大丈夫だからッ・・・! リーベ・・・」


ミアの必死の呼びかけに応えてのことなのか、リーベは口を開いた。


「どうして・・・私は、いつも・・・奪われるの・・・? 幸福・・・じゃなくても・・・いいの・・・。 ただ、平穏に・・・暮らせて・・・いれば、それだけで・・・良かった・・・のに・・・。 ・・・どうして?ミア・・・」


彼女が何の話をしているのか、ミアには分からなかったが、あんなに大人びた彼女が涙を流し、子供のように“どうして?”と繰り返す姿が、現実世界で孤立した自分の姿と重なり、痛々しくて堪らなかった。


「私・・・シュトラール・・・様に、救われたの・・・。 こんな・・・私にも・・・出来ることが・・・あるんだって・・・言ってくれたの・・・。 だから・・・それに、全力を・・・尽くしたかったの・・・、私の・・・ただ一つ・・・できること・・・。それすらも・・・なくなっちゃうなんて・・・いやッ・・・!」


ミアの過去と違ったのは、彼女には手を差し伸べてくれた人がいたということ。


故にミアには、その救いにすがりたくなる気持ちが痛いほど良くわかった。


あの時、辛かった自分に手を差し伸べてくれる人がいたのなら、ミアも同じく誰かに依存する生き方をしていただろう。


「誰か・・・助けて・・・一人にしないで・・・。 ミア・・・おね・・・が・・・い・・・」


リーベの身体から力が抜けていくのを感じる。


「・・・ッ!? リーベッ!! おいッ! しっかり・・・!」






ミアは咄嗟に彼女の胸に耳を当てる。






トクン、トクンと、ミアの耳に入ってくる音がある。






彼女は気を失っただけで、まだ命があった。


「はぁ〜・・・。 んだよっ・・・驚かせやがって・・・」


彼女の生存を確認すると、大きく安堵のため息を漏らすミア。


「良かった、生きていたみたいだね・・・ミア」


通りの方から壁に手をつき、近づいてくる男の影が見えた。


「アンタもしぶといな・・ツクヨ。 ありがとう・・・アンタのお陰で助かったよ」


戦いの中で途中、ミアがリーベの生命探知から消えたのは、ツクヨの提案とミアの覚悟によるものだった。


それは、体内に入れられた“光”を、銃弾の音を消していた陰属性の原子を使い、生命探知の機能を奪っていたというものだった。


ただミアが覚悟しなければならなかったのは、体内にある”光“は体内からでないと消せないということ。


そのためミアは、自身の身体に陰属性を乗せた銃弾を撃ち込んでいた。


しかも効果は永続ではないため、ミアは逃げながら定期的に何度も自傷しなければならなかったのだ。


ツクヨが一人囮として残ることで、リーベに”ミアは死んだ“と思い込ませることに成功し、晴れて自由の身となれた。


「君の口から感謝の言葉が聞けて良かったよ」


「皮肉が言えんなら大丈夫そうだな・・・」


お互いの再開に笑みを浮かべるツクヨは、ミアがその腕に抱えるリーベを見る。


「彼女は・・・?」


「気を失ってるだけ・・・。 でももう大丈夫。 アタシらと戦えるほど、もう力も残ってないだろうよ・・・」


「そう・・・」


ホッと安心した様子のツクヨが次に目にしたのは、側で倒れる人の姿をしたナーゲルだった。


「彼は・・・?」


そう言いながら、倒れるナーゲルの首に指を添えると、彼が呼吸をしているのを確認する。


「生きてたみたいでな・・・、リーベと相打ちになったんだ・・・」


ツクヨはナーゲルの呼吸を確認すると、ミアの元まで行き、手を差し伸べる。


「ここにいるのは危険だ・・・。 立てるかい?ミア」


「あぁ・・・」


リーベをそっと壁に寄りかからせると、ツクヨの手を取り立ち上がるミア。


「この子は連れて行こう。 こんなところで目を覚ましたら、どうなるかわからん。 彼女はここにいれば、騎士に回収されるだろう・・・」


そう言うとツクヨは、少し離れたところにあった花壇から花を持ってくると、壁に寄りかかり眠るリーベの側に花を添える。


「私に出来るのは・・・これくらいしかない・・・」


「ツクヨ・・・」


彼は倒れるナーゲルを抱え、ミアと一緒にその場を後にする。


「来世では報われるといいね・・・」


「ツクヨ・・・、死んでないからね?彼女・・・」


「・・・・・・っえ? ・・・あぁ・・・」

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