死からの心得
道中、ミアはリーベに聖都で行われる裁きについて聞いてみた。
「リーベは・・・その、裁きについて何の抵抗もないのか?」
彼らにとっては日常となっている光景だろうが、側から見れば正気の沙汰とは思えない。
何処にでもあるような小さな、些細なトラブルで人が平然と命を落とす日常。
何かをしながら歩いていたり、周りを見ず咄嗟に行動したり、オーディオの音漏れだとか、煙草の煙だとか。
大きな声を出して騒いだり、大勢で集まって往来を塞ぐ行為や、所構わず飲食をしたり写真撮影したり。
誰しもが気にしないうちに、ついやってしまっているような、他人への配慮のない行為が命取りになる都市。
だがきっと、その日常に慣れてしまっているからこそ、正し過ぎる程の聖都に異常性を感じてしまうのだろうか。
「抵抗・・・? 私にはそのように感じることはありません」
彼女は迷いなくミアへ応えた。
同じなのだ。ただ、どんな環境に育ち、どんなものを見て、感じて生きてきたかで、人の感覚とは大きく変わってくる。
「だっでそうではありませんか? 悪い事をしたら罰せられる、人に迷惑をかけてはいけないのは当然のことです」
ミアは彼女の言葉に、まるで子供の頃大人達に言い聞かされてきたことのような感覚を覚えた。
言ってることは、それを受け取る者が子供だろうと大人だろうと、等しく守るべき当たり前のことだ。 当たり前の事だが、何故大人になると守らなくなるのか。
「例えば、ミアさんは子供が“悪い事”をしたら、どのようにしますか?」
リーベから投げかけられた唐突な質問。彼女の意図することは何となく想像がついていた。子供にしてきたことを、大人にもしようということだろう。
「それは“やってはいけない事”だと、言い聞かせる・・・」
少し遠回りをした返答を返してみる。リーベがどのような返答をしてくるか興味があったからだった。
「もし、言い聞かせても理解しなかったら・・・?」
子供なのだから、当然といえば当然だろう。
物の例えにもよるだろうが、何故それがいけない事なのか細かく子供に説明したところで理解するのは難しいことだ。
ならば大人達は、どうやって子供に理解させるのか。
「・・・叱る」
「そう、その通りですわ。 いけない事だと声を荒だてて怒鳴ったり、人によっては躾けだといい暴力を振るう人もいるでしょう。 子供は泣いたり落ち込んだりして、もうこんな想いはしたくないと思うでしょう」
だがその理屈は大人には通用しない、これもまた当然となってしまっている。
何故通用しないかなど、考えればキリが無い。
子供相手なら力で抑えつけることが容易に出来てしまうから、従うしか無い。
しかし、大人になるにつれ、単純な肉達的による力が付くことや、様々な事を見たり感じたり考えたりすることで知識をつけ、何か理由を付けたり誤魔化したりして生きている。
誰しもが責められれば嘘をつき、虚言を吐き、誰かのせいにして、例え認めてもその場凌ぎの謝罪や罰を受ける事でやり過ごし、根底から理解することなどありはしない。
ミアもまた、そうした社会でそうした日常で過ごしてきた。そして、いつしかそんな自分自身にも社会にも嫌気がさし、拒むことで孤立していった。 そうするしか、道は残されていなかった。
「でも・・・、貴方もご存知でしょ? 大人にそれは通用しないということ。ならば悪い事やいけない事といった“悪”そのもの全てを絶やし、裁かれる様を見せることで、戒めるしかない。人は凄惨なことや残酷なことから目を背け、自分と共感し認めたものだけの世界に閉じ篭って、その他のことを批判し拒絶する・・・。 私達はもっと死に向き合うべきなのです」
リーベの言うことも全く分からない話ではない。
物事の結果としてや、創作物の中でしか、人は中々“死”というものに向き合う機会がない。
きっとそれは残酷で、目も当てられないほど悲惨で悍ましいものかもしれないが、“生きる”と同じ以上に“死”は、人の心に傷跡を残す。
「人の痛みを知らなければ、人の痛みを本当の意味で理解することが出来ないように、“悪”もまた、悪を知らなければ、悪だと理解出来ない」
「その理解が、裁きだと・・・?」
ミアは、リーベの目を見て反応を伺う。
しかし、リーベの目に迷いも曇りもなく、純粋にそれが正義であると信じてやまない輝きを放っていた。
「生物の歴史は犠牲の上に成り立っているものです。ただ、その犠牲からそれ以上のことを学び、戒め、繋げて行かねばならないのです。 結果だけを見たり聞いたりしただけで理解できる程、私達人間は賢くないのですよ」
平和な聖都と、この都市に来るまでは聞いていたが、その実何処よりも“死”であったり“悪”というものに触れる機会が多い。
それだけ、その事に重きを置いて生きることにより、“正義”という言葉が聖都ユスティーチに生きる全ての者に重くのし掛かっているのだろうか。
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