失敗を糧に
あれから何度もシンは、アーテムに挑んだが、一撃も入れることはできなかった。
最初の打ち合いの時は、短剣が一本だけだったが、何度も挑むにつれアーテムの周りを舞う短剣は数を増していき、とても捌き切れるものではなかった。
「くそッ! どうしたら一撃入れることが出来る!?」
アーテムに剣術の形と呼ばれるようなものはなく、動きはいつも普遍的であり、流れるような攻撃が、手からこぼれ落ちる水のように捕らえきれない。
「アーテムの動きが読めないですか? 彼の動きには隙がない・・・と?」
朝孝はシンに問いを投げかける。
しかし、シンは疲労や焦りからか、全くその問いのいみが分からず、混乱してしまい更に打ちのめされる。
「ダメだ・・・! 回避のスキルでも使っているかのように、まるで攻撃が当たらない・・・。 隙など・・・ない・・・」
稽古の前までは、ここで剣術のスキルを身につけ成長出来き、力をものにできるものだと安易に考えていたが、ここまで力の差があると、果たして身につくものなどあるのだろうか。ただ、自信を失い、諦めの心が芽生え始めるだけではないのか。
「稽古や修行において失敗とは最も大事なことです。実戦での失敗は死に繋がり、“次”はありませんが、これには“次”があります、死ぬことはありません。だから恐れず、彼の攻撃を“受けて”下さい」
あまりの体たらくに、見兼ねた朝孝が自分へとアドバイスをしているよう感じたシン。情けなく、悔しさが滲み出る。
「・・・ん? “受ける”・・・って、言ったのか? 攻撃を“受ける”だって?」
シンは小声で独り言のように、朝孝のアドバイスを確認した。
それまでのシンは、アーテムの攻撃を全て避けるつもりで戦っており、結局避けきれない一撃を貰うまで、ただ何度も何度も・・・。
シンの目つきが変わる。
朝孝の言っていた、アーテムの攻撃を敢えて“受ける”という覚悟が決まった。
「少しはやる気になったか?」
アーテムは息一つ乱していない。
彼には、朝孝がいくらシンへアドバイスしようと、負けない自信があるのだろう。そして、彼にはそれを実現させるだけの実力が確実にある。
「言ってろッ!」
シンは今まで通りアーテムの一撃目を避ける。そして二撃目を避けた後、それに繋がる三撃目を敢えて受ける。
当然、攻撃が来る恐怖や痛みはある。だが、分かっているからこそ身構える事もできる。
朝孝の言っていた“失敗”というものを、意図的に作り出し、何かを得ようとする。
アーテムの攻撃を初撃だけ避け、後はバラバラのタイミングで攻撃を受けることを繰り返し繰り返し行っていく。
「どうしたッ!? もう避けれるものも避けれなくなってきたかよ?」
アーテムは挑発してくるが、シンは一切耳を傾けず集中していた。そして痛い目にあった甲斐あり、見えてきたものがあった。
「・・・あぁ、そういうことかよ・・・」
シンがアーテムの攻撃を受け続け学んだこと。
その秘密は、アーテムの攻撃を受けた後あった。攻撃が当たると、次のアーテムの攻撃は比較的避けやすい大振りの攻撃が来る。
何故アーテムの攻撃を受けると、そこからなし崩しに彼の連撃を受けてしまうのか。単純にシンが、アーテムの域に届いていないこともあるが、アーテムの攻撃は敵の行動をある程度制限し、行動の選択肢を絞っていることが分かった。
「要するに、わざと避けさせているって訳か・・・」
何かを掴むシンの表情を見ると、朝孝は安心したように微笑む。
アーテムの大振りは、その攻撃を相手が受けるか避けるかで、その後の連撃を分岐させながら相手の行動を制限し、隙を作っている。
「盗ませて貰うよ・・・、アンタから戦闘技術をッ!」
「おう! 盗めるもんならぬすんでみろッ! 叩きのめされて自信を失うのとどっちが早いか・・・楽しみだぜ!」
シンは再度、同じようにアーテムへと挑む。
初撃を避け、繰り出される連撃の中から、然程力が入っていない攻撃を選び、わざと攻撃を受けるためにアーテムに突っ込んでいく。
シンの今までと違う行動に、驚くアーテムだったが彼の行動パターンは変わらなかった。
攻撃を受けながらも前進し、アーテムの懐に入る。
シンの攻撃をアーテムが弾き、シンは弾かれた勢いを利用し回し蹴りを入れる。
アーテムは咄嗟にガードするが、大きく両腕を上に弾かれる。
シンは前を振り向く勢いのまま、身体を捻り、短剣をアーテム目掛けて撃ち放つ。
これは避けきれないとシンは確信した。
しかし、アーテムの体制は、シンが回し蹴りを入れる為に後ろを向いた時と微妙に変わっていた。
そして決定的だったのは、シンが撃ち放った短剣の軌道上に、上空から舞い落ちたアーテムの短剣が入り込み、命中する筈だった一撃は軌道を変え、アーテムの横を通り過ぎていく。
シンの回し蹴りが入る少し前に、アーテムは下に落ちた短剣を器用に足で蹴り上げていたのだった。その動作により体制が微妙に変わっていたということだ。
「惜しかったな・・・、だが驚いたぜ」
「くそッ!」
初めて彼に届きそうな攻撃を放ったシンの姿に、朝孝は昔のアーテムやその仲間たちとの光景を思い出していた。
「懐かしいですね・・・。 昔もこうして良く模擬戦で勝ち星を競っていたもの・・・でしたね・・・」
朝孝は、遠くを見るような虚ろな目をして微笑んだ。
そして先生のその言葉に、アーテムの動きも止まる。
「もう、みんなが揃うことは・・・」
朝孝が何か話そうとしたが、アーテムがそれを遮った。
「アイツはッ! ・・・アイツはシュトラールに会って変わっちまった・・」
誰の話だろう。
アーテムが道場に通っていた時の仲間達の話だろうか。
「今日はもういいだろ・・・。 シン・・・明日に備えて、休んでおけよ」
声のトーンが落ちたアーテムは、手に持った短剣を放り投げると、道場を後にした。その後ろ姿は、群から逸れた狼の様に寂しげな姿をしていた。
「昔・・・と、いうのは?」
無粋なことだったのかもしれない。
だが、シンは気になって朝孝に尋ねた。
「アーテムには、同じ時期に道場に入った同期の仲間がいてね。 三人は騎士を目指して切磋琢磨していたよ・・・。 今はそれぞれ違う道を歩んでいるけどね」
「それって・・・」
シンが続けようとしたが、朝孝は立ち上がり部屋の奥へと歩き始めてしまう。
「いずれアーテムの口から直接聞くことになるでしょう・・・。 さぁ、貴方も稽古で疲れたでしょう? 初日でアーテムを驚かせたのは凄いことです。 今日はご馳走にしましょうか」
彼の言葉は変わらずを装っていたが、シンの方を振り向くこともなく、淡々と夕食の支度へと向かっていった。
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