たった一つの正義があれば

「もうすぐだ・・・」


松明の灯りが、階段の終わりを照らし出す。

狭い通路からひらけた場所へと変わり、人の声が聞こえてくる。


「アーテムさん。 お疲れ様です!」


「どうでした? 裁きの執行前には間に合いましたか?」


組織の仲間だろうか。

アーテムの周りには沢山の仲間がいるようだ。きっと慕われる良きリーダーなのだろう。


「その方々は? 新しい仲間ですか?」


一人のメンバーが、シンとミアの方を見て、アーテムに質問する。


「あぁ、例の件に巻き込まれてた奴らだ。 他所から来た冒険者らしくてな、何も知らねぇって言うんで、ユスティーチの現状を教えてやろうと思って連れてきたんだ」


辺りにいた人達の視線がシン達に集中する。


「アンタら、運が良かったな!」


「他所の人が何も知らないで裁きを受けることは、珍しくない話だ・・・。 アーテムさん達に出会えて本当に良かった」


一先ずは、組織を訪れたことを受け入れてもらえたようで安心した。


それよりも気になったのは、ここに来た目的でもある聖都ユスティーチのこと。先ほどの人も言っていた“裁き”とはなんなのか。


「そうだ、アーテム。 さっきから耳にする“裁き”ってなんなんだ? 一体何が・・・」


アーテムはシン達に手招きをして、更に自分についてくるようにしている。


「話はこっちの別室でする。 お前らももう各々のしごとに戻れ! 客人の迷惑になるだろ! さぁ、散った散ったぁ!」


集まっていた人々はそれぞれの作業へと、戻っていった。


アーテムは、地下の一室にシン達を案内する。室内は意外と整っており、どこから引いているのか、水道もあるようだ。この様子を見ると地下でも十分生活できるレベルの備蓄が完備されている。


「さぁて、ようやくゆっくり話が出来る。適当にかけてくれ。 ファウスト、二人に何か出してやってくれ」


ファウストは無言で動き出すと、二人の元に飲み物を持ってきてくれた。


「いい匂いがする・・・これは?」


ミアが注がれたお茶の匂いに、心を奪われる。沢山食べた後だったが、不思議といくらでも飲めそうな気がしていた。


「東の港町から流れてきた物だ。 何か特別な栽培方法で育てられた茶葉を使っていると聞いたことがある」


あまり喋らない印象のあったファウストが、やけに口数が多くなる。きっと彼の興味のある、マニアの血というべきか、それが騒ぎ出したのだろう。


それを知っているアーテムが、彼の止まらぬ言動にピリオドを打つ。


「ファウスト! もういい、お前も持ち場に戻ってくれ。 ナーゲル、お前もな?」


ファウストは無言で会釈し、ナーゲルはシン達に、また後でと言うように笑顔でウインクすると二人は部屋を出ていった。


静かになる部屋で、アーテムが口火を切る。


「話が逸れちまったが・・・、本題に入ろう。 ユスティーチは、新しく就任した王によって聖都ユスティーチへと生まれ変わった」


これは階段を降りてくる時に話してくれた、以前のユスティーチと今のユスティーチが別の都市のように変わった事だろう。


「確か他所から来た者だって・・・、言ってたな」


「そうだ。 それまでのユスティーチは、今と同じ騎士隊によって守られている都市として知られていたんだが・・・、実際は騎士なんてものは形だけのもんだった。 他の国や街にあるような事件や小さい犯罪なんかも普通にあった。だが騎士隊は、証拠や事実、明確な証拠がねぇとろくに働きもしなかった」


シンは少しだけ、現実の世界の事を思い出した。彼の中で重なったのは、テレビやネットなどでよく目にするストーカー事件のことについてだった。


被害者がいくら警察に訴えかけても、ことが起きてからでなくては彼らは動いてくれない。


人間の心情としては、どうして事件になる前に助けられなかったのかなど、思うところだが、きっと警察側にも動けない訳があったんだと思っていた。


「騎士の連中は、都市の見回りをしながら違反者や怪しい人物に声をかけたりはしていたが、組織的な犯罪者達は一向に無くなる気配はなかった」


アーテムは体勢を変え、呆れたように続ける。


「それもそのはずさ。 騎士隊の奴らは、所謂裏の奴らと繋がっていたんだ。 金を受け取って情報をやり取りしたり、邪魔な連中を排除する為に投獄したり。裏と表から手を組んで都市をコントロールしてたんだ。そりゃ犯罪者も居なくならねぇ訳だよ。 裏の組織が使えなくなった構成員を捨て駒に使って、騎士隊に捉えさせて、市民にはちゃんと仕事してますってアピールをちょくちょくやってるんだ」


「似たような話を・・・、知ってる気がする・・・」


俯いて話シンの顔を、ミアが横目に見る。

ミアには、シンが言う似たような話というものが、なんなのか分かっていたから。


「勿論、騎士達の全てがそんな奴らだった訳じゃねぇ。 幼かった俺を助けてくれたのはそんなクズ供の中にいた、真っ当な心を持った騎士だった」


懐かしい話に、幼き頃の憧れを思い出したのか、アーテムの口元は笑っていたが、表情は悲しそうだった。


「こんなどこぞのガキとも知れねぇ、薄汚い俺を見つけて、助けてくれる人もいる。そんな姿に憧れて、俺も騎士を目指して、騎士としての威厳やあり方を変えてやろうと思った・・・、そんな時だった。あいつが来たのは・・・」


ユスティーチに来たという、新しい王。

シンとミアは、聖都ユスティーチの変化がどのようなものだったのかに、興味をそそられる。


「新しい王・・・?」


シンが相槌を打つと、アーテムは頷く。


「ユスティーチに来た新しい王・・・、シュトラール・リヒト・エルドラード、現聖都ユスティーチの王にして騎士隊の上、聖騎士達を束ねる聖騎士隊隊長の頂点に君臨する男。シュトラールが来てからユスティーチは大きく変わった」


聖騎士の王、シュトラール王が来てからの変化について話すアーテムの表情は、国の変化とは逆に曇りだす。


「シュトラールが王に就任した時掲げた公約があった。“新たなる聖騎士が、皆の者の平和と秩序を守ろう。代わりに皆にも約束してもらいたい事がある。他者を思いやり、気遣い合うこと。ただそれだけだ。それさえ守ってくれれば、どんな悪が君達に降りかかろうとも、悉く討ち払ってみせよう”ってな」


子供の時に、大人達に言われたことのあるような話だとシンは思った。


「みんな最初は、“そんなことでいいのか?”くらいにしか思ってなかったんだ。だが、数日経たずして、その公約の意味が解りだした・・・」


シンは固唾を呑む。

公約の違反者がどうなるのか、一つだけ思い当たる事がある。シン達の前で起ころうとしていたのを、目の当たりにしたからだった。


「盗みを働いた奴が、騎士隊に捉えられ、公衆の面前で処刑された。 まぁ罪を犯したんだから、重い裁きだとは思ったが、しょうがないと思ってたよ。 だがその内、道を勢いよく馬車で走っていた行商人の男が処刑された。道を塞ぐように広がって歩いていた奴らが処刑された。人とぶつかった奴が処刑された・・・」


犯罪はともかく、人に迷惑をかける行為でも処刑される。思いやりや気遣いが出来ない人間はこの国には必要ない。そのような印象を受けた。


「どんなに小さな“悪”も、“悪は悪”。そしてそれは殆どの人間の内側にある、無意識の悪。本人はそれが他者への迷惑になっているとすら思っていない、“無垢なる悪”。 シュトラールはその“無垢なる悪”の根絶をしようとしていると話した。恐ろしい政策だと国民は思ったが、正しく生きている者にとっては、安全で穏やかに暮らせる日常へと変わり、彼に感謝した」


シンは言葉を失う。だがそれは、現実離れした馬鹿馬鹿しい政策だということではなく、そんな理想郷のようなものを、本気で作ろうとしているシュトラールという男に驚いたからだ。


彼のしたいことは理解できる。 きっとそんな事が実現できたらストレスもなく。嫌な思いもすることはないのだろう。


かつて現実世界のシンが受けたイジメや差別、経歴だけで侮辱されるような、そんなものも無くなったのだろうかという考えが次々に浮かんできて、アーテムの話が頭に入ってこなかった。


やり方は極端だが、シュトラールの正義はまさしく、正しい者の為の義なのではないだろうか。


だが、人間の歴史が証明しているように、この世には人の数だけそれぞれの正義があり、互いの正義の押し付け合いで争いをくりかえしてきた。


そしてそれは、この先も、遠い未来でも繰り返していくことだろう。


統一された、たった一つの正義がない限り、永遠に。


人間が作ったAIだからこそ、彼らもまた、人間の過ちを繰り返そうとしている。そんな皮肉を見せられているようで、この世界で生きる彼らに何と言葉をかければいいのか。


恐くて、言葉を選べなかった。

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