【短編】経済担当者の憂鬱

taisa

経済担当者の憂鬱

これはフィクションです。

ちょっと現実で似たことが展開されてますが、フィクションです。




八月二日 金曜日 二十時すぎ


 男は霞ヶ関から内幸町に向かって蒸し暑い夜の街を歩いていた。散歩にはちょうど良い距離だが、東京特有の湿度の高い暑さは瞬く間に汗となって還元される。


 そんな汗を鬱陶しく思いながら手に持ったスマホに目を向ける。そこにはどこかのまとめサイトの情報が映し出されていた。


 二〇一八年 十二月  二十日 レーダー照射事件

 二〇一九年  四月 二十六日 日米首脳会談

 二〇一九年  五月  十六日 安部首相イラン電撃訪問

 二〇一九年  五月  二十日 仲裁委設置要請に対する隣国回答要求  

 二〇一九年  六月   七日 米 中国企業へ圧力。日本は支持

 二〇一九年  六月  十四日 隣国は実質中国企業を支持

 二〇一九年  六月  十八日 仲裁委設置要請に対する隣国期限 しかし無回答

 二〇一九年  六月 二十七日 G20

 二〇一九年  六月  三十日 米国 北朝鮮と板門店でトップ会談

             同日 産経 輸出管理強化をスクープ

 二〇一九年  七月   一日 隣国への輸出管理強化を発表

 二〇一九年  七月   四日 三品目の輸出管理強化を開始

 二〇一九年  七月   十日 FNN 隣国の不正輸出実態の公文書を発表

 二〇一九年  七月  十一日 米)国務省報道官 三カ国の関係を強化をうたうも、具体策は示さず。実質不干渉を表明

 二〇一九年  七月  十二日 日本、隣国に対し事務的説明会を開催

 二〇一九年  七月  十三日 日本、隣国が説明会の内容で非公開同意分も含めて歪曲して発表したことに対し、訂正説明。

                以降の協議には応じずメールでのみ質問を受け付けると回答

 二〇一九年  七月  十八日 第三国を加えた仲裁委設置要求に対する隣国の回答期限

 二〇一九年  七月  十九日 河野外務大臣、隣国駐日大使に叱責

 二〇一九年  七月 二十一日 参議院選挙

 二〇一九年  七月 二十四日 輸出管理強化に対するパブコメ終了

 二〇一九年  八月   二日 隣国のホワイト国除外閣議決定



 これら一連の対応が政府の戦略であったというのだ。経産省の陰謀だと論じる者や、首相主導による対外政策、または日米合作。様々な掲示板には書き込まれている。すくなくとも、ここに書き込んでいるものは誰一人として真実を知る権限はないのだろう。とはいえ、あながち間違いではないところが厄介なことだ。


 そう。


 ネットの影にうごめく暇人どもは、その才能と情報収集の力をいかんなく発揮し、その無造作に発揮される好奇心に基づき行動する。そんな彼らにとって、外交ともいえる一連の出来事はまるで推理小説の一端のように見えるのだろう。


 男はそんなことを考えながら内幸町駅からほど近い雑居ビル。二階へと続く階段の前に小さな看板に目を向ける。


――BAR R30 本日予約につき満席


 男はその看板の予約という文字を一瞥すると、気にした様子もなく階段を上っていく。二階には雑居ビルには似つかわしくない、重厚な木製の扉。見た目こそ木製だが、手で押し開けばただの木の重さでないことは明白。そんな扉を二枚押し開くと、カランカランと小さな鐘の音と共に歓迎の声が聞こえてくる。


「いらっしゃいませ」


 そこは外界の喧騒から切り離されたような空間が広がっていた。


 店の三分の一を占める大量の酒瓶やグラスが置かれたマホガニーのカウンター。奥にはピアノと古い柱時計が一つ。雰囲気を引き立てる鑑賞樹の数々。窓は二つあるが、二重サッシに加え厚手のカーテンが引かれている。見かけは古き良き時代の社交場。しかし現代の建築技術を遺憾なくつぎ込まれた完全防音の店。

 

「あれ? 伊藤さん。今日は忙しくて来れないとおもってたよ」

「今日だからですよ」


 そういうと伊藤は、先に来ていた六本木の隣に座る。


「氷結のビール一つおねがいします」

「かしこまりました」


 マスターは注文を受けると、カウンターに設置されていた低温ビールを、同じように冷凍庫で冷やしていたグラスに注ぐ。きれいな琥珀色の液体と湧き上がる白い泡。外気にふれグラスの表面はうっすらと霜が降りる様は、見ているだけで素晴らしい味であると確信させるものがあった。


「おまたせしました」


 伊藤はグラスを受け取ると、隣に座る六本木も飲みかけのカクテルを軽くもちあげる。


「乾杯」

「乾杯」


 ガラス特有のこきびの良い音が響く。


「無事通ったな」


 六本木課長はポツリとつぶやく。その呟きには万感の思いが込められていた。逆に伊藤課長補佐は何も言わずにビールのグラスを傾ける。今日は八月二日。冷夏といわれているが、やはり夏本番というのだろうか、コンクリートジャングルとも呼ばれる東京の都心は蒸し暑かった。だからこそよく冷えたビールが喉を流れる爽快感か格別だった。


「お通しは塩ゆでした枝豆です」


 伊藤は枝豆に手を伸ばし、しばらくするとひと心地付いたのだろうか開いたグラスを置き先ほどの質問に答える。


「こいつのために多くの人がうごきましたからね」


 二人の間に主語はない。なんの話題なのか、二人にとっては当たり前すぎる内容だったからだ。


「隣国のホワイト国指定解除ですか」


 バーカウンターの奥で、サラミや生ハムなどをカットし盛り付けているマスターが二人の省いていた主語をまるで付け足すように口にする。


「二〇〇三年。ブッシュ政権の強力な後押しで認定せざる得なかった隣国のホワイト国。やっと五分に戻すことができました」

「そういえば六本木さんは当時……」

「下っ端だったけど直接絡んでて、当時の先輩に連れられて現地に乗り込んで組織作りからやったよ。あ、ソルティドックを」


 オードブルのセットが置かれると、六本木は最後の一口を一気に飲みほし、追加の注文をするのだった。


「そもそもホワイト国認定で優遇される輸出品目はどれも一%の申告漏れも許されない世界のものだ。使い方次第でテロや世界大戦の引き金にだってなる。それを当時IMF上がりの後進国に毛が生えた程度、輸出関係の管理もまともにできない状態だったあの国に、税関の連中なんか大量に引っ掴んで組織構築と訓練やルール作りをしてたな。懐かしい話だ。国の威信にかかわるってわかってた連中ばっかだからな。なんのかんのと優秀な連中だったよ」

「当時自分は学生だったのでなんとも」

「そりゃそうか」


 六本木は、鎌倉サラミを一片を口に放り込みながら、思い出すように軽く目をつぶる。


「当時は就職氷河期って言われた時代だっけか」

「ですね」


 二〇〇三年。バブル経済が崩壊し、失われた一〇年とも一五年とも呼ばれる中、日本が建て直しに躍起になっていた時代だ。


「二〇〇三年 日本は小泉内閣の時代だ。そして世界に目を向ければブッシュ政権によるイラク戦争があった」

「小泉元首相は当時すごい人気があったと記憶してますが」

「ああ、間違ってない。対峙したりバックで支える官僚はみんな死に物狂いで頑張ってたが、劇場型政治と言うべきか国民を乗せるのが非常にうまかった。なにより不況から脱却という一点において多くの対策をしていたのは事実だし、今の日本の構図を作ったのは間違いなく小泉元首相だ」

「賛否はわかれますがね」

「賛成しかない政策があるなら、過去の政治家がとっくにやってるよ。そして当時はアメリカとの蜜月ともいわれていたが、属国とは言わないが、いまほど対等のパートナーとい感じでもなかった。特に貿易黒字のことをちらつかせられると、強くでれなかっただしい」

「それは今でも実感しますね。ボトルをロックで。それとピクルスの盛り合わせをお願いします」

「かしこまりました」


 マスターはいったん奥に入ると、伊藤とネームプレートが付いたボトルを持ってくる。ボトルは特徴的な本の形としており、そして良く磨かれたブランデーグラスにアイスピックで成形した氷を一つ。


 ボトルを傾けるとふわりと広がる上品な香り。グラスに口をつければ軽い飲み口の後にくる重厚で芯の強い複雑な味。そして喉から感じる強い酒精。


「当時の日本は、アメリカに対等というよりも、まだまだご機嫌伺いしてた時代ですよね?」

「ただでさえバブル崩壊で疲弊した経済をなんとか回してこれたのは、対米を中心とする貿易黒字だからな。アメリカとしては、それに対して言いたいことがあったのだろう。それらを飲み込む代わりにアメリカが求めたのは極東の安全保障強化」

「隣国のホワイト国認定のはじまりですか」


 ブッシュ政権は911しかりアフガニスタンしかり、イラクしかり、多くの戦いを抱えており、そのどれもが中東を中心としたものであった。しかし火種は極東にも残っていた。それは生来の仮想敵国であるロシアと中国という共産党陣営、そしてその先兵ともいえる北朝鮮であった。


「だからIMFから復活したばかりの隣国に経済的支援をすることで、盾の位置付けを期待したんですね」

「まあ、それだけなら普通だったんだが、当時の上は一石二鳥以上をねらったのさ」


 六本木は飲み終わったグラスをマスターに渡すと、ボトルで水割りを注文する。


「支援だけならホワイト国認定する必要ない。ODAなり当時の枠組みの延長で支援してもよかったはずなんだ。それをわざわざホワイト国に認定したのか?」

「対米貿易黒字の分散でどうでしょう」

「八十点」

「お、いい線」


 伊藤は軽く笑いながら、ピクルスを食べる。最近二十時に退庁したあとの食事がそのままお腹周りについていることを気にしてのセレクトだ。最初は物足りなさを感じていたが、いつのまにか酒にあうと思うようになり、いまでは注文の定番となっている。


「これは俺の予想だが……」


 六本木はマスターから山崎の水割りを受け取りながら言葉を続ける。


 日本は対米貿易黒字に対し、従来通りの海外生産などをすすめていいたが、最終的には日本国内の雇用を失うことにほかならなかった。そこで隣国を緩衝材かつ新たな市場、半導体組み立て工場という位置付けた。もともとIMFから復調兆しにあり発展の要であった半導体事業の一角を隣国に積極展開。ただし完全な技術移転を行うのではなく、日本の素材を元に組み立てる。そうすることで対米貿易黒字を対隣国に割り振り、隣国は経済成長することで市場が成長する。経済的な結びつきを持って対中国、対ロシア、対北朝鮮といった対共産陣営の盾とする。


 また米軍は国連軍の主力として現在も隣国に駐屯している。諸所の問題はあるものの前線司令部という位置付けである。そして日本の在日米軍は後方司令部の位置付けにあたる。ゆえに三国間の連携というのは必要であったのだ。しかし、統制権問題も含め撤退機運が高い。それを少しでも軟着陸させるための、技術面でも米・日本陣営に引き入れるため……。


「つまり隣国を成長させて市場とする。日本から輸入した素材をつかった組み立て工場の役割を持たすことで、日本の雇用を確保しようとした。さらに三国連携を強化し、極東情勢の鎮静化を目指した……と」

「と、おれはおもってる。もっとも隣国はIMFで疲弊した人材を低賃金で活用し、ダンピング紛いの低コストを打ち出し、一部日本の市場を食い荒らすまで成長するとは予想できなかっただろうけどね」


 六本木はそれこそ資本主義の難しいところだと、軽く肩をすくめる。


 当時の隣国の強さはIMFから立ち上がったばかりという人件費の安さもだが、国策である電力の安さもある。さらに各種国家支援を受け、更なる急成長をとげたのだった。その点において、隣国は予想を超えてきたのだ。


 いや、予想を超えたのは他にもある。


「そう。政府だけじゃない。俺たち官僚も含めて、隣国の文化というものを知らなかったんだよ」


 そういうと、二人は大きなため息をつく。


「まあ、思い返せば学生時代。海外にいったこともありますが、海外では自分の意見をしっかりしなければいけないとか、治安とかそんな程度でしたからね」

「それが普通だ。外務の連中をみればわかるだろ。どんなに相手の文化を調べつくしてるのに、最後はなぜか日本人的事を荒立てず、会話をすればいつかわかってくれるって判断基準になっちまう。日本人は人が良すぎるんだよ。悪く言えば自衛できない」

「ですよね」

「相手は儒教思想の事大主義。法よりも情であり、一度得た利益は継承して当たり前のもの」

「日本も情を大切にするところとは似ているとも言えますが、なんでこんなに違うんでしょうかね」


 六本木の述べた思想は、隣国の主要思想といってよい。日本という第二次大戦における敗北国であり、隣国の儒教的思想に照らし合わせれば、隣国自身よりも倫理的に下。立場が上のモノには絶対であるため、立場が下のものに何をしても良い。そして立場=絶対という権力思想のため、一度手に入れた特権や利益は自分のものと考える。加えて倫理感=情は法よりも優先される。そんな文化の国なのだ。

 

「そんな国だからホワイト国という優遇政策も、自分達の特権と受け取ってしまったんでしょう」

「一緒に頑張ってた連中はさ。考え方はアレなところあったけど,国をなんとかしたいって強い意志があったんだよ。IMF管理という不名誉からの脱却。本当に何とかしたいって連中がいっぱいいた。だから一緒に組織を作り上げることができたし、ホワイト国認定を有り難いものと思ってもらえていたと。少なくとも俺はそうおもってた」


 六本木は生ハムを食べながら当時の隣国を評する。


「ホワイト国認定だと、今でもトルコとかブルガリアなんかも求めてきてるのに、一考もされないのが現状なんですけどね」

「日本におけるホワイト国はもう決まってるんだよ。ヨーロッパの主要国。WW2において枢軸側に立った国だかなら。当時ソ連に少しでもかかわっていればNG。ブルガリアが蹴られる理由はこれだよな。トルコは信用できる国ではある。でも当時ソ連と取引をしていたという一点でNGになってる。それこそソ連に侵攻されても徹底抗戦した国であることが条件なんだよな。その意味では本当に日米の思惑が一致した特例中の特例だった……うん。日本語は正しいな」

「まだ過去形にするのは早いですけどね」


 伊藤はふと自分と六本木の皿を見れば食べるものがなくなっていた。


「なにか食べます?」

「マスターなにがあります?」


 先程までつかっていた料理器具はすでに洗ったのか、グラス磨きに勤しんでいたマスターが軽く考える。


「フランスパンがありますのでガーリックトーストなどいかがでしょう」

「じゃあ二人分」

「かしこまりました」


 そういうとマスターはフランスパンを取り出しカットしはじめる。


「でも、あれよく気が付いたよな」

「忘れもしませんよ二〇一七年。貿易統計とかまとめてる時、ふと目についたんですよね」


 二〇一七年。貿易経済協力局に在籍している伊藤はある資料に気が付いた。それは日本から韓国向けに輸出されているモノが前年度比二倍。そのまま推移すれば四倍になるというものだ。もちろん貿易とはあるタイミングで数倍に取引が跳ねるようなこともある。しかしそれはあくまで新規開拓・新技術などの要素がからんでのことだ。それらは軍事転用も可能な高品質部材。同時に高性能半導体を作るには必要な部材であった。


 だが、それは思わぬ形で線が繋がる。


 二〇一七年 九月 三日 十二時半頃 北朝鮮核実験


 その情報は当然経済産業省にも届けられた。その瞬間、伊藤の脳裏にカチリとピースがはまる音が聞こえた。


――フッ化水素と核兵器。


「ホワイト国として義務図けられている二国間協議も議事録を見るかぎりナアナアで、隣国側からろくな報告がされていなかったんですよね」

「聞けば、ここ数年で発足当時の連中は、親日派っていわれてポストをおわれたらしい。なんのかんのと真面目でいい奴らだったのにな」

「いい人だったからでしょ。最初は正攻法で調べましたよ。でも出てくるのは疑惑だけ。結構な数の取引量が発生している。そして逆に返品はごく少数ってことは使っている。しかし生産量が増えているでしょうけど、生産量と輸入量の数が合わない。もちろんフッ素だけじゃありません。よくよく調べると結構は品目で不可解な注文があったんです。後でその件を二国間協議で上に確認してもらっても、明確な回答は得られず次回までに調べるといい、次は知らんぷりでまた調べると返されましたよ」

 

 あの時初めてでしたよ大臣まで通常外で報告を上げたのはと、伊藤は当時のことと笑いながら言っているが、大臣に報告を持っていくには並大抵のことではない。大臣に報告するには最低でも次官か局長級からの報告となる。ということは、そんな人たちに納得して報告を上げてもらえるだけの、根拠を通常業務の間にあつめ、報告書を作り上げたというのだ。たぶん碌に寝ずにつくったのだろう。


――国連安全保障理事会による制裁決議2375 九月 十一日決議


「核実験をすれば、どうやってその部材を手に入れたか。そこに網をはるよな。もう作らせないために」

「同じタイミングでこの情報だ。逆を言えば、二〇一七年当時中国・北朝鮮にすり寄りが顕著な隣国経由、戦略物資が流れた。そう予想したよな」

「もっともそこからの大臣の動きは右斜め上ですごかったな」

「ですね」


 経産省の大臣は、この報告を受け真っ先に総理のもとに向かった。そこでなんらかの方向性と許可を得たのだろう。その後、外務大臣、金融担当大臣などと調整。そして次に呼び出された時には……。


「六本木さんもいましたよね。あの時」

「ああ」


 六本木や伊藤を含む経産省所属職員五名とその直属の上司が大臣に呼ばれたのだ。


 そして言われたのは守秘義務で固く指定されたが、米による北朝鮮への先制攻撃の可能性という話だった。効けば五分五分で、自衛隊側も一部がすでに検討にはいっているという。


 しかし、その場に集められたのは、それに対応しろということではなく、「米が北朝鮮・背後の中国・ロシアを先制攻撃しなかった場合、経済、金融、外交の場でどのような政策をとるべきか」という命題への特命チームの発足だった。


 その場で出されたのは伊藤の作った隣国による密輸の可能性をまとめた報告書。


「よく考えればあの時大臣はひどいこといってたよな」

「通常業務を回しつつ、週一回の専用回線つかったテレビ会議で、マスコミに気付かれることなく日本がテロ支援国家にならないための対策を大義名分を合わせて組み上げろだもんな」

「まあ、総理や大臣がうごけば広報にでてしまう。なにより今回の調査対象に隣国が含まれている以上、隣国寄りな報道をするNHKや朝日、毎日などにしられるわけにはいかないからな。そして議員にも隣国寄りの人間一定数いるしな。まったくやってられん」


 それから約一年が経過した。


 その間、必死に動き回り断片的事実をかき集めた。


 隣国のホワイト国解除は早い段階に上がった。なぜならばホワイト国でなければ、今回一番の懸念となっている核兵器など兵器転用が一気に難しくなるからだ。例えばフッ化水素の密輸先のメインは中国だった。どうやら韓国の半導体メーカーが使うという名目で輸入し、それを中国にある韓国半導体メーカーの工場に持ちこまれていた。しかしその工場の生産使用量と輸出量は見合っていない。そんな数字が積み重なり二〇一七年度だけで十数トンが行方不明となっていた。二〇一八年度には三十トン超える予想となっている。その一部は中国のメーカーに回っているだろう。下手すると北朝鮮どころか第三国にまで密輸されている可能性が高いのだ。

 

 ただし大義名分や手順については意見がわかれた。

 

 正攻法は安全保障。ただし単独で実施するにはホワイト国認定には米国の意思も働いていた。どのように米国を納得させるか? またWTOはどうか? 周辺国の反応は? 当の隣国の反応は? なによりマスコミがどのように騒ぎ政権に噛みつくのか。


「あの時、外務の蜂谷さんの読みはすごかったですよね。トランプ政権はアメリカファーストのために中国に経済圧力をかけたがっている。たぶん通信機器大手のH社になるだろうって、的中させるんですから」

「中国はあの法案があるわかるんですが、2018年冬の時点でメーカーまで的中させるとはおもいませんでした」


 国家情報法 第7条「いかなる組織及び個人も、国の情報活動に協力する義務を有する」


 この法律がある以上、中国企業の完成品を使うということは、どれほどのリスクがあるのか。過去何度も話題に上がったが、トランプ政権としては中国との貿易戦争を見据えれば使わない理由がないのだ。


「それいったら外務の西崎さんもだろ。アメリカが作るはずの新規制法案の草案を入手してきたんだから。そして日本はそれに批准するという意思表明を材料に、隣国のホワイト化解除を米に承認させようという案」

「国防権限法と米国輸出管理法か。事前に知らなければまず批准が無理なぐらい厳しい内容だったな。すくなくとも隣国の中国圏への横流しを短期間で止めろという内容でもあるんだから。春の首脳会談あたりに言われたら、逆に死んでたな」


  

 ガーリックとオリーブ、バターの香りこうばしいガーリックトーストがだされる。ガーリック特有の香りは食欲をそそり、口に入れればパリッとした歯ごたえと、ガーリックとバター・オリーブの味が舌をたのしませる。そして塩コショウのピリッとした味が口を飽きさせない。


「そういえば金融の星野さんの読みは惜しかったですね」

「隣国がイランに対する金融制裁時、凍結されたドルを使い込んだやつだろ? で、制裁解除後、返金代わりに原油購入に紛れて、日本のホワイト国認定経由でしか入手できそうもない物資を流したって仮説」

「外務の調査だとイランとかリビアとかにも隣国経由で密輸品は出回ってるんですよね。隣国のイラン凍結資産の使い込みもほぼ確定だったけど、それをつなげる証拠が首相のイラン訪問でも入手できなかったんですよね」


 二人はガーリックトーストを瞬く間に食べ、酒をあおる。酒精と共に胃が満足感で満たされる。


「伊藤さんが考えたマイクロンの誘致と半導体サプライチェーンの再編成。あれがトランプ政権の決断を引き出したっておもったんだが」

「あれは早い段階で取り掛かれたからですよ。表向きは経産省による雇用対策。実はホワイト国解除に発生する世界的サプライチェーンの再編成でアメリカに利益をしっかり流すことで、上の承認を得やすくするんです。シェア二位を日本だけで賄うにはリスクも負荷もおおきいですから。この手がエルピーダの時に打てれば」

「まあ、時間軸はどうにもならないよな」


 腹も酒も満たされたのだろう。二人の口調はゆったりしたものへと変化していく。


「でも、最後のピースを探してた時、隣国の議員の行動には助けられましたね」


――二〇一九年 五月 十七日 隣国報道機関

     国内では組織が確認しているのに、なんら手を打っていない事態

     戦略物資が北朝鮮・イランに運ばれた可能性


「前日イランに首相が訪問するなど、すで8月のホワイト国撤廃の閣議決定めがけて日単位のタイムスケジュールが組まれている中、まさかの証拠の一端が提示されたんだからな」

「あれのおかげで、いろいろなミスリードがつくれましたね。なにより、米が日本のの管理強化に協力する理由が対中国を狙い撃ちと、最終的には米軍撤退とはね」

「中国も隣国のホワイト化撤廃について、表向きサプライチェーン再編で利益を得ますしね。なにより世界は日本が管理強化はするかもしれないが、ホワイト国撤廃しないだろうとおもうでしょうから」


 それまでの日本の外交姿勢。


 安保の関連ということで管理強化を理解するが、ホワイト国の撤廃は無いと思われていた。たぶん事前に首相会談で合意している米以外……。

  

「六本木さんの手もいい案だったとおもいますよ?」

「フジ・産経グループを使った事前リークと、マスコミや隣国のフェイクニュースを大臣の公式SNSと省庁のHPを通じた発表翌日に全部真実でぶった切るって案。案なのかね? あれ」

「大臣なんか広報術として有効っていってノリノリで書いてるじゃないですか」


 最終段階でマスコミの一部を取り込み、徹底した反論報道をおこなったのだ。隣国の発表やマスコミのニュースはとかく角度がつく。それを、ねつ造も角度もつけられない方法で、すべて訂正するのだ。手間もかかるが、そうすることで誰が角度をつけて報道しているのか明確にされる。


 それが一か月も続けば、むしろマスコミの中でも角度の付け方を変えてくるという読みのものに。


「そういえば、伊藤さんはなんでコレにここまで全力投球した?」


 ちょうど聞いてみたかったといわんばかりに、六本木は伊藤に質問する。伊藤も腹も膨れ酔いがまわりはじめたのだろう。うとうとしながら答える。


「昔、はだしのゲンってアニメがありましてね」

「ああ、おれも見たことある」

「で、この件に気がついた夜に夢で見たんですよ。核兵器で焼かれた町で泣く自分の娘をね。となりには黒くなった嫁さんがいました。もちろんいまの核兵器ならもっと酷い惨事になってたでしょう。ただの夢と思うこともできます」

「……」

「でも自分の扱ってる輸出管理品で、そんなものが作られるっておもった瞬間いてもたってもいられませんでした。だれがテロ支援国家になって核兵器なんぞ作らせるか。そうおもったんですよ」



 きがつけば伊藤の言葉は終わり、ウトウトし始めていた。


 念願が叶うところまできたのだ。いままでの疲れが一気にでたのだろう。


「マスター、奥の仮眠室借りますね」

「どうぞ」


 六本木はそういうと、伊藤を仮眠室という名のソファーベットが一つおかれた小さな部屋に放り込む。


「終電までに起きればいいですし、朝まで寝てれば朝食でもつくりますか」

「マスターの朝食うまいんですよね。ちなみに何になります?」

「米があるので、おにぎりの具は塩で一つ。塩昆布で一つ。あとはネギみそでしょうか? あとは、大根のお味噌汁と高野豆腐に……だし巻きでしょうか」

「泊まろうかな?」

「お好きにどうぞ。一応朝食代はいただきますよ」


 マスターはそう言いながら、伊藤がつかっていた皿やグラスを片付けはじめる。それを見て、六本木は水を頼む。


「そういえばマスター」

「はい」

「隣国は貿易の際、日本の金融機関の信用状を発行している。実質二回もIMFのお世話になった国の独自通貨の信用は非常に低い」

「そうですね」

「それがなぜか二〇十三年にホワイト国にはある程度簡単に信用状を発行されるが、それ以外はすべて経産省大臣許可が必要と改正されているんだ」


 六本木は水を飲みながら言葉を続ける。


「次長ほぼ内定といわれていた局長が、ライバルと協力して官僚主導の改正。べつに誰がってのを知りたいわけじゃないんだ」

「ではどんなことが気になるんですか?」


 マスターは片付けの手をいったん止めて六本木に顔を向ける。六本木は手を顔の前で組み口元を隠す。


「信用状がなくなった隣国は、大規模の貿易ができない。または取引価格にリスクが計上される。下手すればそれだけで、隣国の経済を破壊できる爆弾だ。そして日本の信用状を一番活用しているホワイト国は隣国だ。ほかのホワイト国に影響がほぼない。まるで隣国を狙い撃ちしたような改正」

「なるほど」

「でだ、二〇十二年段階で、隣国がホワイト国から外される可能性まで呼んだ切れ者が、何を思っていたのか。そこが知りたいとおもったのよ」

「まるで推理小説の最終章ですね」

「現実は小説よりも奇なりってね」


 マスターは、手を置きすこし考える。


「私のご意見でよろしいでしょうか?」

「ああ、俺一人じゃわからなかったから、意見がほしいね~」

「その男はきっと偏屈で、旧来的な人間だったのでしょう。そして隣国の天皇軽視の言葉がどうしても許せなかった。幸い自分は十分な財があり、わがままを一度ぐらいなら通せそうだ。だから爆弾をしこんだのかもしれませんね。その爆弾が爆発しないことを願いながら」


 マスターの言葉を聞いた六本木は納得したと言わんばかりに、カウンターにお金を置き席を立つ。そして扉を押し開く直前、軽く振り返る。


「お疲れ様です。平田元局長」

「またのお越しをおまちしております」

「ちょうど今年三十になる奴がいるので、つれてきますよ」


 そういうと、六本木は帰途についた。


 階段を降り振り返れば、そこにはBARの看板がある。


――BAR R30


 常に予約満席札を掲げる道楽者の運営するBAR。客30歳以上。そんなひそかなルールがまかり通る、小さな店だ。

 





※二〇十二年 八月 十四日 当時の韓国大統領が「天皇(日王)が韓国に来たければ独立運動家に謝罪せよ」と要求 これの事

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