第6話 こんなはずじゃなかったのに

 日曜。部屋の明るさで目が覚めた。まぁ、いつものことだ。強いて言うなら

「圭太さん、おはようございますぅ」

 こいつがいることだけが、俺の日常を普通の日曜からガラリと変えてしまっている。

「ああ、おはよう。お前、いつからそこに突っ立ってたんだ?」

「んーと、ちゃんとわからないですけど、たぶん3時間くらい前からですぅ」

 時計を見る。9時半だ。

 ということは、6時半から突っ立ってたのか。幽霊じゃないんだから、ソファーの横で突っ立っているのはぜひ止めてもらいたいんだが。

「3時間も何やってたんだ……って聞くだけムダか。突っ立ってただけなんだよな」

「そうなんですぅ」

 はぁ……。元気よくそんなこと言われても困るんだが。

「聞いてもムダだと思うんだけど、メイは自分で『これやってみたい!』とかって意志みたいなものはないわけ?」

「やってみたいことですかぁ。今まで考えたこともなかったですね。だって、願い事3つ回収するのが私の使命ですから。それだけできれば別に何がどうなってもいいっていうか」

「あ、でもひとつ気がついたことがありました」

「なんだよ」

「圭太さんって寝てる顔可愛いんですねっ」

 ニパーっとこの上ない笑顔で言う。

 昨日からヤバいんだ。この笑顔ヤバい。ついいろいろ考えちゃうじゃないか。それに寝顔が可愛いとか言われて、俺はどうリアクションしたらいいんだよ。

「そ、そうなのか。ははっ、まぁ寝てるときの顔は自分じゃ見られないからな。そんなことを考えるヤツがいてもおかしくはないよな」

「そうですかぁ? 本当に可愛かったんですよー。なんか小動物みたいで」

 人間じゃなかったのか……まぁ、良しとしておこう。

「んじゃ、ちょっとシャワー浴びてくるから、またドアの前までな」

「仕方ないですねぇ。逃げないでくださいよ?」

「だから逃げるところなんてねぇ、って言ってるだろ?」


 という具合に日曜は始まり、メシ食って洗濯したり掃除したりしたあと、昨日と同じくカフェで読書。そして、帰り際にちょっとスーパーで買い物をして、アッという間にもう夕方。

 この間、メイは何をしていたかと言えば、後ろからふよふよ飛んでくっついていただけだ。せめてメシ作ってくれるとか、家事を手伝ってくれるとかしてくれると助かるんだが、それは落ちこぼれでも天使見習いの仕事ではないらしい。

 それでも、一言くらい社交辞令でも「お手伝いしましょうか?」なんて言ってくれるとかわいげもあるってもんだがな……って、俺は何を考えてるんだ。どうもこいつが現れてから調子が狂う。大学行ってもこんな美少女に出会うことないからな。それがただくっついているだけとは言え、自分のすぐ近くにいるっていうのはなんというか、うれしいと思わないこともない。

 惜しいのは、自分以外の他人には見えないから自慢のしようもないってことなんだが……ってだからどうして自慢になるんだよ! ああもう!


 土曜日と同じように晩酌がてら晩飯を済まして、昨日とは別の映画を見た。まぁ、これも名作といえば名作なんだが、もう何度も見てるからなぁ……と思って隣を見るとやっぱりかぶりつきで見ている。それが見られるだけでもいいか。

「じゃ、またメイはベッドで寝てるフリをしててくれ。俺の安眠のために」

「わっかりましたー」

「できれば、外が暗いうちから突っ立ってるのはやめてくれな」

「どうしてですか?」

「単純に暗がりに人が突っ立ってたら怖いだろうが」

「そういうもんなんですね」

「そういうもんなの。じゃ、おやすみ」

 土日休みだったっていうのに、ちっとも休んだ気がしない。どっと疲れが出る。何をするわけじゃないんだが、自分の近くに常に人がいるっていうのはこんなにもストレスがかかるもんなんだな。ストーキングされている被害者の気持ちがちょっとわかった気がする。

 などとくだらないことを考えているうちに寝落ちた。


 目覚ましで目が覚める。今、7時半。

「ん、んー」

「圭太さん、おはようございます」

「ああ、おはよう。今日は何時から突っ立ってたんだ?」

「んーっと、たぶん1時間くらい前からです」

「今日は短かったんだな」

「私としたことが、横になったら意識を失っちゃって」

「お前、寝なくていいんじゃなかったのか」

「そうなんですけど……寝ちゃいました。この世界に順応してきてるのかも知れません」

 なるほど。たった2日とは言え、天使見習いからしてみれば長期滞在なんだもんな。そりゃこの世界のやり方にも慣れてくるってもんか。


「で、俺は今日は学校へ行く」

「はい」

「メイも……やっぱ……来るの?」

「もちろんですぅ」

 はぁ……。

「学校のあと、バイトがあるんだけど、まさかそこにも」

「はい、行きますよー」

「なぁ、せめてバイト先は勘弁してくれないか?」

「ダメですっ。圭太さんそのまま逃走するかも知れないじゃないですか」

「しねぇよ」

「信じられません。くっついていきます」

 まいったな、こりゃ。

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