FileNo.8 プリディクション - 09

 仮に、はるかが何らかの理由で呪いに掛かっていたとしたら、確実にその匂いがする筈だ。形を伴わない何らかの意志をぎ取る力――晶穂しょうほは除霊師としての才覚に長けているわけでは無いが、この能力についてだけは絶対の自信がある。自身の所属する講の中でも、間違いなく一番と断じることが出来るだろう。その自分が嗅ぎ取れない呪い――そんなものが本当にあり得るのか?


 有り得ない、とは言い切れない。世界は広く、そして晶穂は高々二十数年生きているだけの小娘に過ぎない。自身の想像を超える存在など、世の中には幾らでも居るだろう。だがそれにしても――。


「――せんせい。先生!」


 ふと気づいた時、眼前でひらひらと栄絵が手を振っていた。どうも思索に没頭ぼっとうしてしまったらしい。どうした、と尋ねると、「バスに乗りますか?」と栄絵。


「バス?」


「もー、もしかして立ったまま寝てました? 大井さんの高校、バスだと五分くらいで、歩くと十五分くらいだって、いま」


「あー……」


 改めて見回してみると、確かに、改札を出たすぐ前方にはバスロータリーがある。ぐるりと上弦の月をすように造られたロータリーは五階建て程度の複数の小綺麗なビルに見下ろされていて、それらビルとビルの間には、二車線道路が敷設しきせつされていた。道路には乗用車や軽トラックが、ロータリーから先の横断歩道前には信号待ちの学生や主婦やサラリーマンが。実に平々凡々とした光景だ。


「遥はいつもどうやって登下校してるんだ? バスか?」


「わたしですか? わたしはいつも歩いてます。バスは混んでますし……」


 考えるようにそう言って、遥は定期入れを茶色の肩掛け鞄へ突っ込んだ。そして――。


「栄絵!」


「あっ、は、はい!」


「えっ、どうしました!?」


 突然自身の手を掴んだ栄絵に目を白黒させる遥だが、その手にはまた筆箱が握られている。やはり自覚は無いらしい。晶穂は遥の肩に手を置き、「いいか遥、右手をよく見てみろ」と言おうとした。


 その時。


 がした。


 それは、眼前の少女から。ほのかに――いま燃え尽きたばかりの線香の残り香のような、淡く、どこか甘い匂い。それを嗅ぎ取りつつ、晶穂は直感的にこう思った。




 ――ああ成る程。普段は隠れてやがるのか。人を操る時だけ――。




 そこで晶穂の思考は一瞬途切れた。直後。


「栄絵ッ!!」


「えっ、はい!?」


「目を閉じろ!! あたしが良いって言うまで絶対に開けるな!!!!」


 怒鳴り、彼女は弾かれるように背後を振り向く。距離にして約五十メートル。駅前の交差点の一つ、青信号に従って横断歩道を進む人々の中央――そこに。


 『彼女』は立っていた。

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