FileNo.8 プリディクション - 05
● ● ●
共感覚、という言葉がある。視覚や
例えば、
だが、その感覚が『コーダー』と称される特異能力者や、
雨月からすれば――そして知り合いのコーダーや除霊師たちからしても――形の無いものを『感じる』という感覚は、一般に五感と呼ばれる感覚と何ら変わりはない。つまり、視覚、嗅覚、味覚、触覚、聴覚――そしてそれらの言葉では言い表せない感覚――霊感、或いは第六感と称すべき感覚が別個に存在する、と表現するのが、もっともしっくりくるように思われた。つまり晶穂の嗅覚は霊を匂いとして感じているのではなく、本来除霊師として必要十分な霊感が不足していて、なおかつ共感覚を備えているが故の、偶然としか表現しようのない仕組みに基づくものなのだ。少なくとも雨月はそう捉えているし、他の除霊師に聞いても、大体がそんな回答を返すだろう。
だが、他者が持ち得ていない自身の感覚を説明するという行為は酷く難解だ。それは丁度、右と左の概念が分からぬ者に、何を右と定義し、何を左と定義するのかを、逐一説明するのに似ている。故に、彼女は必要なタイミングではほぼ必ず、共感覚を引き合いに出している。
簡単で単純な事実程、論理的な説明は難しい。中途半端に学んだ高等数学で雨月が得たものはその程度だったが、それは確かな真理の一つであると、彼女は確信していた。
では、青樹涼の感覚はどうだろうか。晶穂に近いものなのか、雨月に近いものなのか。どちらだろう。走る小柄な少女の背を追いつつ、掛けている伊達眼鏡の位置を直しながら、雨月はそんなことを考えていた。
「えっと、どっちかな。えっと……多分こっち!」
駅前から走り出した涼は、時折そんなことを
「中々追いつけないわね」
「でも絶対居たもん!」
こちらを振り返って告げる涼の言葉を雨月は疑っていない。彼女が焼き
「少し、駅から離れちゃったわね」
スマホを取り出し、現在地を地図アプリで確認する。見失ったら見失ったで構わない。手がかりは見つからないだろう――元々彼女はそんな悲観的な思惑で
「あの」
――ふと、背後から声がした。キーは高く、どこか幼い。特に警戒もせず、雨月は振り向く。
「どうして、わたしについてくるんですか?」
そう尋ねてきた声の主は丁度、涼と同じくらいの歳に思えた。肌は白く、二つ結びにした髪は黒い。白いブラウスと黒いスカートを身に着け、ブラウンの手提げ
雨月はひとまず、にこりと笑った。
「こんにちは」
「あ……はい、こんにちは」
少女は戸惑いながらも、
「あっ! 居たっ!」
後方からけたたましい足音がやってくる。そして彼女――涼は、雨月と少女の間に割り込み大声で叫んだ。
「やっと見つけたわメアリー! 自分から出てくるなんて良い度胸してるわ! 感心した! わたし久々に感心したもん!」
「えっ、ええ……? メアリー?」
「とぼけないで! その雰囲気、その感じ、この天才霊能力者リョウ・アオキが見間違えるワケないんだから! ここで会ったが年貢の収めど――!」
「はーい涼ちゃんちょーっと落ち着いてねー」
雨月は笑顔のまま、涼の口を背後から
「ごめんなさいね突然。びっくりしたわよね」
「えっ、いえ、その……大丈夫です」
少しゆっくりと雨月が言うと、少女は首を横に振った。対話の出来る相手として、こちらを認識してくれた――いかにもそんな調子で。それを見て、雨月は流れるように自己紹介をした。自分の名前。職業。そして涼の名前。更に最後に一つ、情報を付け加える。
「私達、いま人探しをしてるの」
「人探し……ですか?」
「ええ。この子にちょっと縁のある女の子で……あなたに似てるみたい。そうよね?」
そう告げて涼の口から手を退けると、涼は勢い込んで「似てるとかそーいう次元じゃないの! 本人なの!」と
「なに、ここまで来たのに結局わたしを信じないワケ!? おとなはいっつもそう! 都合良い時だけ味方のフリして、結局わたしを馬鹿にしてる!」
「……とまぁ、こんな調子でね。とっても
「はぁ……いえ、わたしの名前、エリザベスです。エリザベス・ハバード」
「だって、涼ちゃん。メアリーちゃんじゃないって」
「嘘よウソ、ウソっぱち! その雰囲気、しんちてんめいに誓ってメアリーだわ百パー間違いなく!」
「正しくは『天地神明』ね。でも涼ちゃん、雰囲気雰囲気って言うけど」
「なに!」
「顔つきは? 背格好は? 探し人が絶対にこの子だって、私に証明できる?」
矢継ぎ早に尋ねると、涼は思った通り、困ったような顔で雨月を見つめた。「証明ってなに?」とでも言いたそうに。だが敢えてそのまま、雨月は真っ向からその視線を受け止め続けた。……やがて、涼は。
「……確かに、同じ顔じゃあ、無いし」
実に不服そうに吐き出した。
「この子の方が、メアリーより背も高い気がするけど。でも――!」
「ってことは人違いね。ごめんなさいエリザベスさん、後をつけたりして。不安に思わせちゃったこと、謝るわ」
「あ、いえ……それじゃあ」
再度雨月が涼の口を塞いだのを見て、エリザベスはぺこりとお
「ふう。まさか向こうから話しかけてくるなんて予想外だったわ」
「何が『予想外だったわ』よコラ坂田! 坂田ァ!!」
ふと腕の力が
「何が『人違い』よ、馬鹿なの? 大馬鹿なの!? 愚か者バンザイなの!? 折角捕まえたのに何で放り出すの!? 確かに姿かたちはちょっと違うけど、アレ百パー『メアリー』だってば! っていうか証明ってどういう意味!? 難しい言葉使わないで! あーもー、あんた、わたしが思ってた以上にニブチンみたいだからもっとはっきりこっきりわかりやすく言ってあげる! アレは! 間違いなく!! 『メアリー』と同じ――!!」
「じゃ、後を追いましょ」
「そうよ、早く後を追――えっ?」
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