FileNo.8 プリディクション - 03
● ● ●
タンタン、という心地よい音と共に、足元が振動する。それを受け止めながら、坂田雨月は静かに窓の外を見ていた。
電車は丁度、大きな河を渡るところだった。真っ赤な夕日が、遠くの鉄橋と河を照らし、
それに対して、彼女は微笑んで返すのだ。「しょーちゃんに
そんな夕方を、彼女は望んでいた。
筈なのに。
「ねえ遠くない?」
雨月は隣から放たれたぶっきらぼうでキーの高い声に、現実に引き戻された。
「目的地までは……あと十分くらいだから、もう少しだけ我慢してね」
「こんなに掛かるんだったら、何か暇つぶし出来るものでも持ってきたのに」
ぶう、と頬を膨らませる小学生――青樹涼の姿に雨月は苦笑する。そして、そんな雨月へ、涼は電車に乗ってから二度目となる質問をする。
「あの暴力女はいつ合流するの?」
「早ければ十九時くらい、場合によっては今日は不参加……って言ってたけど」
チラリと腕時計を見る。十七時。雨月が出立する前、晶穂は保健室でグースカ寝ていたが、相談者・東栄絵が晶穂を起こすのがいつになるかは雨月にも測りかねた。何やら深刻な様相の友人の話を聞いてやって欲しい、ということだったが……。
「不参加、って! そういうの、とうじしゃいしきがない、っていうんじゃない?」
「寂しい?」
不満げな涼をからかう気満々で尋ねながら、一方で雨月は思う。当事者意識がありすぎるのも困ったものだ。
「そんなのじゃない! ただ不満なだけ。だってあいつ、この前も『花子まじゅつしの調査を一人でやるな、調査するなら自分を絶対呼べ』ってぎゃあぎゃあ言ってたんだもん。それなのに」
「はなこまじゅつし?」
「『花子さん装置を創った』まじゅちゅ……魔術師! だから花子まじゅつし」
「残念な命名されちゃったのね」
とはいえ名を付けることは重要だ。それが標的であり、戦う相手と認識するのであれば
「あんまり肩に力を入れ過ぎないでね。今日の調査は『念のため』の実地調査なんだから。完全な無駄足になるかも知れないし、期待しすぎないように」
雨月はこの点が一番心配だった。彼女の言葉は真実そのものであり、率直に言って「有力な手掛かりが得られるとは考えにくい」とすら思っている。それでもボスは「念のために実地調査をしろ」と言い、「ならあたしが行くよ」と晶穂が言い、「暴力女が行くならわたしも行く」と涼がどこかから聞きつけてきた。こうして調査決行日、よりによって東栄絵からの緊急依頼が入ったため、晶穂は日中の勤務地である高校に残り、代わりに雨月が涼と向かう羽目になる、という雨月にとっては実に面白みのない現況に至る。
「でも変なことは在ったんでしょ? これから行くところに。……あと何分くらい?」
「五分くらいかな。変なこと……在ったって言えば在ったんだけど。
……あれ、涼ちゃんはその話、
涼は首を縦に振った。思わず雨月は溜息をつく。やはり当事者意識がありすぎるのは困ったものだ。『晶穗が調査に行くなら自分も行く』という実に
「クラスメイトには内緒よ?」
どこかで見た――確か同じ講に属する先輩・
「二週間くらい前、涼ちゃんが掴んだ『花子魔術師』の手掛かり――相手の身長とか外見とかをもとに、私たちのボスが日本中の同業者に調査の依頼をしたの。危険な魔術師の足跡を調査されたし――ってね。そして新旧こもごもの目撃証言から幾つかの潜伏候補地が挙がって、実際に何人かは実地調査もしてくれた」
「えっ、わたしたち以外にも動いてる人がいるの?」
「そうよ? 何せ相手はこれまでに何人も子供を殺してるんだもの。だから丁度、指名手配犯と同じような扱いを受けてるわ」
「でも、花子まじゅちゅしを倒すのはわたしなのに!」
涼は
やはり子供は苦手だ。
「話を進めるわね」
タンタン、という電車の
「実地調査の結果、それら潜伏候補地で魔術師が見つかった、なんて報告は無かった。当然だと思うわ。そもそも涼ちゃんが見つけた手掛かりは、今から数十年前の人物像だった。だから最悪、装置を造り上げた本人は既にこの世に居ない可能性だってある」
「装置は残ってるのに?」
「ピラミッドだってファラオが死んだ後も残ってるじゃない」
この例は適切じゃなかったな、と雨月は胸中で
「ただ、一つ残念な連絡があった。実地調査を担当していたうちの一人――これは除霊師じゃなくて除霊師が雇った探偵さんだったんだけど――が、事故に
「事故?」
涼が
「少なくとも警察の見解では『事故』と判断されてるわ。飲酒運転の乗用車に
「でも、調べに行くんだ」
涼が立ち上がった。同じく、ちらほらと空席が点在する車両内にて複数人が立ち上がる。
目的地はもう、すぐそこだ。
「そうね。だけど、さっきも言ったけど、あくまで『念のため』よ。期待はしないで」
「さっき言ってた『ボス』って、あのデブのハゲで合ってる?」
「確かにハゲでデブでミリタリーオタクで煙草臭くてたまに
「わたしそこまでケナしてないんだけど……」
若干引き気味に涼は言った。しまった、と雨月は胸中で呟く。本音が口を突いて出てしまったらしい。
「でもママが言ってた。あのハゲ、かなり強い霊能力者だ、って。……そんな奴がわざわざ、あの暴力女やおねーさんに『行ってこい』って言ったんでしょ?」
なら何かあるんじゃない、と静かに涼は言った。
どうかしら、と雨月は返した。
電車が止まり、ドアが排気音と共に開く。
「もう一つ聞いていい、おねーさん?」
ドアの外に出て、大きな屋根の下のホームを歩く。雨月は涼と歩幅を合わせながら、「坂田雨月よ」と、改めて名を名乗る。
「じゃあ、えっと……坂田おねーさん? おねーさんも『コーダー』なの?」
温風がホームを
「どう思う?」
涼は返答しなかった。二人はそのままホームの中頃にある階段を降り、改札を抜けた。
――涼ちゃんもコーダーになったの?
一瞬、質問しようか迷って、しかし雨月はそれを
では、自分のことを口にする必要はあるか?
この必要も、恐らく無い。
同類の匂いは、自然と感じ取れるものだ。
「――さて。ここからどうしようかな」
改札を出た先に広がっていたのは、全国どこにでもある、典型的な『駅前』の光景だった。バスロータリーがあり、ロータリーを見下ろすようにビルが並んでいて、それらビルには『英会話』だの『銀行』だのと書かれた看板が
平々凡々とした、日常。それ以外に、この光景をどう表現すべきか。
「ひとまず、さっき言ってた事故現場にでも行ってみましょうか。現場百辺、はどこの業界でも鉄則だもの。どう?」
提案してみて、それからようやく、雨月は同伴者の異常に気が付いた。涼は足を止め、駅前の交差点の一つを見つめたままピクリとも動かない。
「涼ちゃん?」
「メアリー」
「えっ」
雨月が疑問を
それに対し。
「居たの! 感じたの!」
涼は振り返ることなく、自身の走る先にある交差点――変わった信号と共に歩き出した人々の一角を指さし、言った。
「この前、わたしが燃やした――魔術装置を守ってた『花子さん』に似た感じの子が、向こうに居た!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます