第98話 運

2人組の男女は冒険者組合に入ってくると、混んでいる掲示板に並ぶ。それを見てゼフは早速命令する。


「おいレオ、早く行け」


「はい、兄貴! でも…… 今回も失敗するかもしれません……」


「なんだ、そんなこと気にしていたのか。 無理だと思ったら俺が代わってやる」


「マジですか⁉︎」


「ああ、まじだ」


「じゃあ行ってきます!」


そう言うとレオは新人冒険者の男女2人に威嚇しながら近づいていった。


(さて、話が聞こえるように近づくか)


ゼフは奴隷3人を連れて聞こえるところに移動する。そして、移動が終わったのと同時くらいにレオの叫び声が響く。


「おい! お前らよくも昨日はやってくれたな!」


その声に反応した新人冒険者達は振り向き、面倒くさそうにため息をつく。


「また、あんたかよ。 今度はなんだ?」


「今度はなんだと⁉︎ お前昨日やってくれたこと覚えてないわけないだろうな!」


「あんたいい加減にしなさいよ。 カズトにあんたはやられたじゃない」


「関係ない! それにあれは俺が油断していたからだ! 今度は負けん!」


「あんた――」


新人冒険者の女が何か言おうとするが、カズトが手を挙げ遮る。


「いいよスズネ。 そんなにやりたいならやろう」


「でも……」


「あんたはそれが望みなんだろ?」


「そうだ、負けたら女を置いていけ」


「いいよ、ただしこっちは大事なものを賭けるんだ。 こっちはもう手加減はしない」


「いいだろう」


カズトは腰の剣を抜かずに拳を構えると、隣のスズネから声がかかる。


「無理しないでね、それと絶対に怪我させちゃダメだから」


「うん、わかってるよ。 あんたの準備はいいか?」


「剣を抜かないで本気とか舐めてんのか?」


「正直な話剣を使った方が強いけど、あんたなら体術で倒せる。 だけど、手加減はできないから体術の本気を出させてもらう」


「傲慢すぎて反吐がでる。 俺に勝てると思うなよ!」


レオが1歩踏み出す。カズトはそれを確認すると最小限の動きでレオの腹に拳を入れる。その動きはあまりにも早く、レオは何もできずに激痛で腹を抱えだした。


「がぁぁぁぁぁ!!! 痛ぇぇぇ!!!」


「これで分かっただろ? 手加減はしてやったからもう現れるな。 次はこれだけじゃあすまない」


カズトは深く息を漏らし、スズネに近寄る。


「さすがね、私ますますカズトのこと知りたくなっちゃった」


「ん? 今なんか言ったか?」


「いえ、別に……」


そんな難聴とも思えるカズトの耳の遠さに驚いていると、レオがこちらに這いながら近づいてくる。


「あ、兄貴ぃぃぃぃ!!! だずげでくださいぃぃぃ!!!」


「仕方ない、交代だ。 お前達はこいつを見てやれ」


「わかりました、ご主人様」


代表でニが答えるのを確認すると、ゼフはカズトとスズネにゆっくりと近づいていく。2人はレオの叫び声を聞き、おおよそゼフがどういう者か察し、こちらを見ている。周りからは2人の新人冒険者を心配する声が小さく上がっている。


「レオが世話になったな」


「あんたもやるのか?」


カズトはゼフを暗い顔をしながら睨みつけるが、すぐに顔色が良くなる。


「勿論だ、こちらからの用件はただ1つ。 俺が勝ったら腰の剣でその女を殺せ。 やらなければ俺がやる」


「な…… 何を言って……」


「お前が何を言いたいのかはわかる。 お前さっき鑑定使っただろ? それでこいつは魔力と召喚魔法、そしてサポート系の魔法以外は一般人以下ではないかと思っただろ?」


「何故それを⁉︎」


「図星か? 結構当たるもんだな」


「しまった……」


カズトは口を咄嗟に抑えるが、もう遅い。ゼフは続けて話し始める。


「そんな奴が何故俺らに挑むんだと。 正直あいつの方が強いのではないかと。 俺はそれを理解している、それにお前に選択権はない。 選択肢があるならただ1つ、俺と戦うことだ」


「断るといったら?」


「面白いことを言う。 だが、そうだな…… それなら俺の暇つぶしにすらならないだろうな」


「やるしかない――」


「ダメ! カズトはそんな思い詰めちゃダメ。 あなたもどうしてこんなことするの? 私達はただ冒険者になって楽しくしたかっただけなの」


「それに答えるとするなら、運がなかったというしかない」


「そんな…… そんな物で人の生き死にを左右するなんて間違っている」


それを聞いたゼフは急に黙り込んでしまう。スズネはその言葉が響いたと勘違いし、少し喜ぶ。しばらくして、ゼフがゆっくりと口を開いた。


「暇つぶしをしようと思ったが、決断力が無さすぎる。 お前達とは別の遊びをしよう」


ゼフがそう言うと、透明化を解いたアイアンGが突如スズネの後ろに現れ、そのまま掴む。


「な、何よこれ⁉︎」


「スズネ! お前、離せ!」


「なら、本気で来い。 さもなければお前の大切な物はここで来い」


それを言っても、カズトは剣を抜けない。おそらく人を殺すというのに恐怖しているのだろう。だから、ゼフは宝の持ち腐れと羨む。そして、言葉を発する。


「人を殺すことに戸惑いを見せるか。 所詮はその程度か」


ゼフがそう言うと、カズトもアイアンGが透明化を解き、太い腕で掴まえられる。


「なんだこいつ! この!」


抵抗するが、ビクともしないことに驚きを隠せない。今まで自分の力は最強だと思っていた。だから、手加減をしてきた。しかし、こいつは遥か高みの上へ行っている化け物だと認識するが、あまりにも遅すぎた。


「さて、少し楽しいとこに行こうか」


ゼフがそう言うと奴隷達とレオ、アイアンGに掴まえられて暴れている2人を連れて組合を後にするのだった。

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