第91話 死と生

ゼフがクライエルに連れられてきたその場所は奴隷達が戦うところをしっかり確認することができるであろう素晴らしい席であった。それは1つの部屋といっても過言ではないほど物なども充実している。


「どうだね、ここは本来私専用なのだが今日は特別だ」


「確かにいい場所だな」


下を見おろすと机と椅子だけが用意されたところに貴族であろう者達が座っており、それが果てしなく並んでいる。


「さて、座りたまえ。 少し話をしながら始まるのを待とうではないか」


「ああ、そうだな」


そう言ってゼフは豪華な椅子に座る。その感触は良く、とても素晴らしい素材を使っていると思われた。


「さて、万が一にもありえないが私がこの賭けに負けた時、君は何が欲しい?」


「何が欲しいか…… そうだな、望むなら今すぐこの世界が欲しいな」


「ははは、ゼフ君は冗談が上手いな」


「素直に褒め言葉と受け止めさせてもらおう。 冗談はさておき、この賭けに勝てば42柱について知りたい」


それを言うとクライエルの表情から明らかに笑顔が消えた。


「それをどこで知ったのかね?」


「実際会ったことあるからな。 名前はデーモンと言っていた」


「なるほどな、すまないがそれは無理だ。 私は42柱と言われる悪魔がいるということしか知らん」


「なるほどな、それは残念だ。 別のことを考えよう。 それでお前はどうなんだ?」


「相変わらず礼儀がなっていないが、いいだろう。 私はゼフ君、君を奴隷にしたい」


クライエルはその言葉で何かしら反応を見せると思っていた。


「別にいいだろう」


しかし、ゼフは当たり前のようにイエスの言葉をこちらに投げかけてくる。


(この男の精神はどうなってるんだ? 多少なりとも動揺を見せると思ったが、まあいい。 私の勝ちは揺らぎないのだから。 せいぜい私を楽しませてくれたまえ)


クライエルが横で静かに笑う中、ゼフは全く別のことで頭がいっぱいだった。


(42柱というからには、後41体いるということになる。 強さはそこまでだが、おそらく俺の知る限りこの世界で最も危険な存在だ。 早めに消しておかなければ。 かといって手がかりもない。 こればっかりは仕方ないな)


そうこうしてるうちに後ろから賭博場の関係者らしき身なりが綺麗な若い男性が近づいてくる。


「クライエル様、ゼフ様賭けのお時間になりました」


「もうそんな時間か大体どれくらいになっている?」


「ゼフ様の奴隷であるイチは初めての出場ということで2.3倍、クライエル様の奴隷であるドラゴンは前回と同様1.2倍となっております」


「なら、私はドラゴンに金貨500枚賭けよう」


「ありがとうございます。 ゼフ様は如何なさいますか?」


「イチに100枚賭けよう」


「では、こちらをどうぞ」


ゼフとクライエルは先ほど説明を受けた腕輪を手渡される。


「では、もうしばらくお待ちください」


そう言って静かに出て行く。出て行った後、下を覗くと他の賭けを楽しむ者達が先程の男性のような人達に腕輪を渡されていた。


「よくできてるな」


「当たり前だ、私を誰だと思っている」


「そうだったな」


適当に受け流し、隣で少し不機嫌であるのを無視し、しばらく待つとアナウンスが始まる。2人の奴隷がゆっくりと入場してくる。その際の客は闘技場のようにうるさくはなく、静かだった。



✳︎✳︎✳︎



イチは緊張していた。これは久しぶりの生死がわからない戦い。武器や防具は持ち込むことができず、パンツ1つで賭博場に用意されていた剣を両手で持ち相手を見据える。


(大丈夫っす、いつものように勝てばいいだけっすから)


目の前の敵は体が大きく目つきが悪いいかにも悪党という人物であった。そいつはこちらを見つめながら笑顔を向けているが不気味である。


(不気味っす、別に殺さなくてもいいみたいっすからね。 負けても大丈夫っすね)


そう言い聞かせ、心を保とうとする。


「お前初めてか?」


そうしていると目の前の男から声をかけられる。


「そうっす」


「お前も苦労しているな。 安心しろ、俺が先輩として花を持たせよう。 ある程度戦ったら倒れてやろう」


「マジっすか?」


「ああ、マジだ」


「あ、ありがとうっす」


(見た目にに対して優しい人っすね。 人は見た目じゃないってことっすか)


しばらく待っていると再びアナウンスが入る。


『大変お待たせしました。 これより奴隷のイチとドラゴンの試合を始めさせてもらいます』


そうアナウンスが終わると、軽く歓声が上がる。


「よし、始めるか」


ドラゴンはそう言いながら人の身長ぐらいありそうな剣を構える。イチはそれを軽々しく持つことができるのが素直に凄いと感じた。


「いつでもいいっす」


それを聞いたドラゴンはそのまま突っ込んでくる。そして、その反動で巨大な剣を振りかぶってくる。この攻撃は手加減してくれていると思っていた。しかし、今までの修行の感でわかってしまった。この1撃は自分を殺すものだと。イチはすぐさま横に転がるようにして避け、地面にめり込む大剣を見て震える。


「惜しい、お前なんで避けたんだ」


ドラゴンは大剣を引っこ抜くと構える。


(この男、平気で嘘をついて殺す気だった……)


イチは人生で初めて人間のむき出しの悪意に対面したのだ。 1歩間違えれば自分は死んでいたことに恐怖する。


「勘がいいみたいだな。 プラン変更してお前を実力で殺すわ」


(これは…… 殺気)


ドラゴンの剥き出しの殺気を浴びせられる。もはや勝負がついたかと思われたが、ドラゴンには1つ誤算があった。それは、彼が恐怖しているのは剥き出しの悪意であり、正面でやり合えば負ける気はしないということである。恐怖が消え立ち上がると再び剣を構える。


「残念っすけど、あんたほどなら何人も相手してきたっす。 さっきは不意打ちみたいでびびったすけどもう負けないっす」


「そうかよ!」


ドラゴンが再び勢いに任せて大剣を振るう。それは先ほどよりも格段にスピードが増したものだった。しかし、イチはそれを軽く受け流し、剣をドラゴンに向ける。


「ま、参った…… あんた強いな」


ドラゴンは剣から両手を離し振り上げる。額には大粒の汗が流れる。イチにとってそれは懐かしい光景だった。自分が強いと勘違いした奴は最後にはこういう風に情けを乞う。


「あんたドラゴンと言ったすか? あんたは強かったすよ。 それにこの戦いは人間の剥き出しの悪意を体験できたんでよかったっす。それじゃあさよならっす」


そのまま剣を薙ぎ払いドラゴンの腹を切り裂く。あまりの速さに声を上げることもできなかった。ドラゴンが倒れるとアナウンスされる。


『勝者が決まりました。2.5倍のイチです』


その瞬間貴族達の断末魔が聞こえたような気がした。











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