第36話 婚約者はやっぱりいろいろ面倒くさい 1

 オスカーと会わない日もある。

 だけれど最近ソフィアは手紙でたわいないことをオスカーとやりとりしていた。 

 オスカーはそれほど多弁ではないが、手紙だと真面目に字がびっしりと綴られていた。

 ソフィアは最初その違いにびっくりしてしまった。


 ソフィアは手紙といえどもそんなに文字を書くことはなく、イラストを添えたり、綺麗な花の押し花を添えたりと気楽に返信している。

 手紙をやりとりして、オスカーが生真面目すぎるほどであり、案外小心者なのだと思った。

 アルーニ氏いわく、オスカーはソフィア以外には小心者ではないと笑っていたが。


「手紙、ありがとう」


 今日も朝から手紙が届いた。中を開いたらびっしり文字がつまっていた。ソフィアは文字を読む気にならなく、触りだけでも読んでみた。

 今日の作業が終わってから、夜寝る前にゆっくり読むことにしよう。


 オスカーからの手紙は、空き時間には周辺を見回っているということでそこでの報告のようなものが多かった。

 ソフィアも知らないことが多く、オスカーは頭がいいからいろんな考察をしていて面白い。

 ただ今はじっくり読む時間はなさそうだ。


 じりじりとさし込むような日の光が昼になると出てくる。その前にはある程度しなくてはいけない作業を終わらせたい。

 ソフィアは少しずつ依頼を受けるようになり、周辺の地主の妻や娘の服を作るようになった。

 連絡事項や打ち合わせもある。それに縫い物や文字を教える学校先生の補助の仕事も定期的にしている。そして最近はその学校の補助にカタリナ様も加わった。


 体調も随分よくなってきて、起き上がることもできるようになってきた。

 何かやれることがあれば、カタリナ様も日々のやりがいがもてるかもしれないと父からの助言があったからだ。


「父様ってみんなに優しいのよね」


 ソフィアは父が優しいことは知っている。だが基本的に父は放任主義なのかもしれない。

 母もそういう意味では放任主義ではある。ソフィアが何か言えば助けてはくれるが、自分から何かを言わない限りソフィアが自分で解決することを見守ってくれている。

 それだけ信用されているのだという気持ちと、たまに助言をくれればいいのになとも思うこともある。

 だが、そういうときはフレーベル叔父さんへ助言を求めにいく。


「父親か……」


 オスカーがこれから解決しなければならないこと。オスカーの父親とのこと、それが頭に浮かぶ。

 ソフィアにとっては、父親という存在は優しくて大好きなもの。

 だがそんな父だって欠点がある。優しすぎるし、頼りないところもある。家の決定権はお祖父様がもっていて、祖父が鞭(むち)なら父は飴(あめ)。事柄の調整をしている気がする。

 オスカーとの婚約についても、父は特に反対をしない。ソフィアがどうしても嫌だと言ったら父も反対してくれると思う。母も父の考えと同じだ。


 ソフィアにとって婚約とはよくわからない。長年婚約関係があって、すこし面倒くさいものだった。

 婚約関係がなくなったときは楽になれると思って喜んだ。だがオスカーの気持ちを知り、それゆえの少し過激とも言える行動を見た。

 オスカーは面倒くさい性格だけれど、一生懸命に生きて、ソフィアを好きと言ってくれることは単純に悪い気はしない。オスカーではなかったら嫌だったと思う。 幼なじみゆえの情愛もある。


 ただ――――恋愛感情であるかはわからない。


「単純に解決っていうわけにもいかないか」


 時間が解決することもあるだろう。

 オスカーを何度も拒否したのに、またこうやって顔を合わせる日々がくるとは、何か縁でもあるのだろうか。

 もちろん様々な思惑があるようだが、ソフィアも今すぐ答えを出すには至らない。明日絶対結婚しなければならないというなら、抵抗するとは思うが、婚約といってもいつするのか。

 そういった具体的な話にはまるでなっていないのだから。


 降ってわいた婚約の話も、現在宙に浮いた状態だ。それよりもソフィアは目の前にある生活に追われてしまっている。

 ソフィアは、午前中の作業を始めようと部屋に戻ろうとした。

 


*****



 屋敷の外から声がする。

 しばらく作業をしていたソフィアだが、もうすぐお昼となるころに騒がしい声が聞こえた。ソフィアは部屋から出て、階下におりた。


「ヨゼフ、どうしたの?」


 エントランスにいくと、ヨゼフがいた。


「ソフィアお嬢様、先ほどフィル様から急ぎの伝言を承りました。どうやら王都からお客さまが来られたようですので。フィル様が急いでお出かけになりました」


「お客さま……」


「はい、オスカー様の父君だそうで。侯爵様がいらしたそうです。カタリナ様にはこのことをまだお伝えしないようにとのことです」


「わかりました。カタリナ様の傍にいるようにします」


「はい、こちらもすぐ対応できるようにしておきますので」


 オスカーの言ったとおり、侯爵様が王都から来た。しばらくは祖父が応対してくれるだろう。

 乱暴なことにはならないとは思うが、ソフィアはカタリナ様がせっかくいい方向へいっている今を崩したくなかった。



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