第28話 領主交代!まさかの再会 3


 ソフィアは夜が更けるころに、母と一緒に部屋に戻った。

 男性達はまだまだ深酒をしていて屋敷の外は賑わっていた。マーティン様も早めに屋敷に帰り、残されたオスカーは地主たちに酒をつがれていた。

 お祖父様は早々に酔っ払ってしまい、オスカーに絡んでいた。オスカーもお酒は強いらしく、最初はまったく顔に酔いが出ていなかった。だが、ソフィアが部屋にもどるころにはオスカーの顔も真っ赤になっていた。


 ソフィアは心配になりつつも、女性達は片付けをし始め部屋に戻っていった。地主たちはこの屋敷に一晩とまり帰るものもいた。

 そしてソフィアは就寝し、朝起きると屋敷の外は静かになっていた。


「お父様、おはようございます」


 着替えをして身支度を調えると、エントランスに父がいた。父は仕事をするらしくいつものように作業着を着ていた。まだフレーベル叔父さんは寝ているらしい。 珍しいこともあるものだ。叔父さんも昨夜は深酒をして二日酔いで倒れているらしい、と父から聞いた。


「ソフィア、お願いがあるんだ。この廊下の奥の部屋に、オスカー様がいらっしゃるから。起こしてあげなさい。彼はすごくお酒を飲んでいたし、倒れるように寝てしまったのだよ」


「でも……」


「もちろん、ヨゼフたちをつけていきなさい。ただ大人の事情で、オスカーとソフィアをずっと振り回してしまって申し訳ないなと思っているんだ。君たちがお互い向き合うこともできないまま大人になってしまったのも」


「そんな……お父様は悪くありません」


「ううん、そんなことはないよ。父様も、お祖父様も悪い。もちろんオスカーのお祖父様もオスカーのお父様もね。大人が悪いんだ」


「わたし、どうすればいいのか……わからないのです」


「うん、情けないことに父様もわからないんだ。父様も全部のことを把握(はあく)しているわけじゃないからね。大丈夫、でも父様はいつでもソフィアの味方だ。ビアンカもソフィアのしたいようにするのが一番だと言っている。ソフィアは自分の心のままに生きていいんだ」


「お父様……、わたしオスカーとちゃんと話ができるでしょうか」


「ソフィアならできるよ。王都だといろんな難しい出来事が多すぎて、物事の本質が見えなくなることが多いね。ここだったら何もないし。ソフィアもオスカーも話しやすいかもしれないね」


「お父様、ありがとう」


 ソフィアはキッチンから温かいタオルと水差しとコップをもらった。そのまま父に示されたように廊下奥の客室に向かった。その客室は屋敷のなかでも格が上である。貴族のような人々が泊まる部屋として用意されている。


 扉をあけるとベッドに寝ているオスカーがいた。寝息が聞こえていて、深く眠っているようだった。ソフィアはベッド傍の椅子に腰をかけて、オスカーの寝顔を見つめた。

 睫毛が長い、そして美しいオスカー。その顔は疲れ切っていて、王都で別れたときより痩せてしまったように思えた。そして目の下は少し黒ずんでいた。ヨゼフの妻に細々した用意を任せて、ソフィアはしばらく様子をみることにした。



*******


「ん……」


 ソフィアは起こすことはせず、じっとオスカーを眺めていた。だがそんな時間も長くはなかった。睫毛が震え、うっすらと瞼が開いた。オスカーの意識が覚醒していないらしく、ぼんやり天井を見据えたままだった。

 そして、まばたきを数回。そして上半身を起こした。


「おはようございます」


 ソフィアは椅子から立ち上がり、オスカーに声をかけた。オスカーは不意をつかれたようで肩をふるわせた。そして気配がする方へ顔を向けたらソフィアと視線がかちあった。


「夢……か……?」


「夢かもしれないわね」


 まだ意識がはっきりしていないのかもしれない。だが、上半身を起こした瞬間オスカーは頭をかかえた。ひどい頭痛がおこっているようだった。二日酔いだろう。


「オスカー様、気持ちは悪くない?水を持ってきたわ」


 コップに水を注いで、オスカーに差し出した。オスカーは頭を抱えながらコップを受け取って水をいっきにあおった。


「はあ……、こっちの酒があんなにきついとは思わなかった」


「最後はお祖父様の嫌がらせでしょうね。蔵の奥にあった度数の高いものを特別に出していたみたい」


「それはひどい」


 オスカーはまだだるさが残っているようで、つらそうに声を出していた。


「まだ寝ている?お腹が減っているなら、食事を用意してあると聞いたわ」


「いや、屋敷に戻らないと。するべきことが山とある」


「そう……こちらの生活には慣れそう?」


「仕事は難しくはない、だがこちらのやり方があるようだ」


「そうね、お酒を飲むのが好きな人が多いから。まずはお酒に強くないと大変かもね」


 ソフィアは温かいタオルをオスカーに差し出した。ソフィアの手から素直にタオルを受け取ったオスカーは額にそれを乗せた。そしてほっとしたように息を吐き出した。


「ソフィアは怒らないんだな」


「あらなぜ?」


「何度も何度も。ソフィアが断っているのに追いかけてきて。自分でもみっともないとわかっている。でもやり方がわからない」


「確かに驚くことが多かったわね。オスカー様って大事なことは結局わたしには言わないでしょう?だからあなたのこと、よくわからないのよ。何を考えて、何をしたいのか。いつも結論だけ言ってしまうから、なぜそんな答えになるのかわからないことが多いの」


「そうか?自分では気がつかない」


「あなたは頭がいいから、それでわかったつもりになっているかもしれないけれど。わたしにはさっぱりだわ」


「ソフィアは答えも言ってくれないじゃないか。急に俺から離れていってしまって」


「そうね、わたしも悪いところたくさんあると思う。でもどこが悪いのか、わたしたち言い合いもしなかったわ。昔はよく喧嘩もしたのにね」


「そうだった……ソフィアは怒ると怖かった。口もきいてくれなくなるし、機嫌が直るのにすごく時間がかかった」


「あなただって意地をはって、謝るのを嫌がっていたでしょう」


「俺はソフィアには勝てないんだ」


「そうかしら。でもわたしは怒ってはいるのよ、あんな風に婚約破棄がなかったなんて言われても。困惑しかないもの」


 ソフィアは小さく笑った。それをオスカーはみて笑おうとした。だが頭に痛みが走り、頭を抱えた。


「もう少しお話をしましょう。でも今日は、体調を戻してね。着替えはお手伝いさんが用意してくれたものがあるから」


「ソフィア、またこうやって話をしてくれないか」


「話をするくらいだったらね。こちらに来てわからないこともあるでしょう。案内くらいはしてあげるわ」


 そうしてソフィアは部屋から出て行った。

 数日後、丁寧にオスカーから手紙をもらった。そこにはデートをしたいという誘いがあった。

 確かに案内はするけれど、デートの約束はしていない。まんまと乗せられた気分になったが、わざわざ断ることはしなかった。口実はどうあれ、出かけるのは悪くないとソフィアは思った。



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